青森県上北郡七戸町字町7-2
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ブログ

故郷

2020/01/04
「ツッコミ…漫才における役割の一つで、「ボケ」の間違いを素早く指摘する。」様々な辞書等を総合すると、おおよそこのように記されています。ツッコミの役割は今まで「指摘する」ことが主であり、大げさにしてみたり、例えを交えてみたりと、指摘の仕方に様々な工夫がなされツッコミが進化してきました。その指摘の仕方も大方出尽くしたのではないかと思われたところ、「ノリツッこまない」という新たなツッコミをしたお笑いコンビが先日のM-1グランプリで一躍注目を浴びました。
  相方のボケに対し、指摘したり否定するのではなく、理解を示し受け入れるツッコミに会場は大盛り上がり。決勝ではさらにその面白さが増していました。そして、この「ノリツッこまない」は斬新さだけでなく、「優しさを感じるし、応援したくなる」「人を傷つけない笑いに好感が持てる」「今の時代にマッチしている」といった声もネットに書き込まれるほど話題となりました。匿名性が高いが故に辛辣な言葉が飛び交うネット上で、「ノリツッこまない」が笑いを越えたテーマになることに考えさせられるものがあります。
  さて、1月の徳目は「和顔愛語(わげんあいご)」、「柔らかい顔で、優しい言葉を」です。「心を亡くすと書いて『忙しい』」とよく耳にしますが、いわゆる「炎上」が頻繁に起こる忙しい現代において、「柔らかい顔で、優しい言葉を」は多くの人が本当は求めているものなのかもしれません。心に余裕が無くなりそうなときこそ、一度立ち止まり互いに意識していきたいものです。
  「間違いは故郷だ…誰にでもある」心に留めておきたい、今回の漫才で出た「ノリツッこまない」です。上手く締められず、「時を戻そう」と言いたい気持ちでいっぱいですが、温かい目で読んで頂けたら幸いです…良いお年を。

あと少し

2019/11/30
 「同期のサクラ」というドラマを毎週見ています。真っ直ぐすぎてマイペースな主人公の北野サクラ。決して忖度も妥協もしない彼女の言動に、当初は振り回され困惑していた同期の仲間も、次第に心を動かされていくというストーリーです。サクラ自身も真っ直ぐすぎるが故にトラブルとなり悩むのですが、その都度じいちゃんのアドバイスにより乗り越えていきます。「自分にしかできないことがある」「大人になるとは自分の弱さを認めることだ」「本気で叱ってくれるのが本当の友だ」「辛いときこそ自分の長所を見失うな」「大切なのは『勝ち』より『価値』だ」等、苦しいときに勇気をもらえる言葉ばかりで胸に刺さります。
  12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。 「苦しみは山頂の一歩手前」 とある三つ星シェフの方の言葉だそうですが、根気強く取り組むことは時に苦しい場面もやってきます。そんな時、例え一度足を止めたとしても、諦めずもうひと踏ん張りすることで素晴らしい景色が見られるのかもしれません。いよいよ「師走」に入り、年末業務で忙しい時期に入られる方も多いことかと思います。苦しい時はどうしてもネガティブな思考になりがちですが、どうぞじいちゃんのアドバイスと三つ星シェフの方の言葉を胸に、この師走を乗り切って、素敵な年末年始を迎えて頂きたいと思います。
  ドラマが少しネガティブな方向に進んでいるため、何とかハッピーエンドになってもらいたくポジティブな内容を…と、忙しさに目を覆い、ドラマに現実逃避している私です…。(2019.12)

初心忘るべからず

2019/11/30
  「集まり散じて人は変われど 仰ぐは同じき理想の光」私の母校である大学校歌の一節です。「集まった者がそれぞれの進路に向かい進んでいっても、目指すものは同じ理想である。」といった意味です。
  先日、大学剣道部のOB会に参加する機会があり、母校の大学剣道部のことを考える機会がありました。私の所属した大学の剣道部は当時様々な境遇の部員がいました。高校時代にインターハイに出場した者はもちろん、浪人をしてしばらく剣道から離れていた者、私のように特に戦績のない者。そして、私の同期には大学から剣道を始めた者もいました。そんな様々な人間が集まっていた上に、先輩が後輩の面倒をしっかりと見る繋がりも母校の剣道部にはありました。大会では、部員の大部分がスカウトやスポーツ推薦で構成される大学にも引けを取らない成績を収めていましたが、それは、様々な環境から集まった者たちがそれぞれの考え方を持ち、学年の垣根を越えて互いを認め合いながら同じ方向を見ていたからではないかと感じています。そんな土壌があったからこそ、先述の校歌の一節がOB会に参加することで改めて噛みしめることが出来たのだと思います。当時の懐かしい思いと、「仲間や周りのために」という大きな目標の下、それぞれの場所で自分のやるべきことにひたむきに向き合う同期や先輩に再開する事で、私自身も気持ちを新たにできるいい機会となりました。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」です。「最後までやり遂げる」と聞くと、ゴールまでやりきるといったイメージをもってしまいがちですが、ゴールのないものも世の中には数多くあります。 大事なことは初心を忘れず、そして最初に抱いていた想いをより洗練させながら続ける事なのかもしれません。
  1つの仕事を進めていても、気分転換にと途中で別な仕事に手をつけてしまい、結局どちらも中途半端な結果になる事がよくある、この文章の出来のようにまだまだ精進の足りない半人前です…(2019.11)

One for all All for one

2019/11/30
 日本初開催のラグビーのワールドカップが先日開幕しました。いわゆる「にわか」の私ではありますが、直前まで放送されていたラグビーのドラマで得た熱量そのままに、日本以外の試合もちょこちょこ観戦しています。そんな中、このワールドカップにおいてお辞儀とロッカールームの掃除の輪が広がっているという二ユースを見かけました。これまで、様々なスポーツで日本チームが行っているお辞儀やロッカールームの掃除が称賛され、いくつかのチームで実践したという記事は何度か見たことはありますが、大会全体的に広がりを見せているのは初めてではないかと思います。
  近年、言葉そのものは日本だけが使っていますが、ラグビーには「ノーサイド(敵も味方も関係ない)」の精神が根付いています。例えば、試合後に両チームで親睦会を開いたり、試合中負傷した選手が退場する際にはこれまでの健闘を称え、敵味方関係なく観客全体で労いの拍手で送り出したり。他のスポーツにはあまり見られない光景です。チーム同士、選手と観客、それぞれの立場でみんなが互いを思いやり、ラグビーを盛り上げようとする姿勢には見習うべきものがあります。
  10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。互いに助け合うためにはまず、互いに相手を気に掛ける必要があると思います。相手のことを思いやるからこそ、力を貸そうとする気持ちが芽生えてくるのではないでしょうか。
  4年に1度、10月前後に行われるこの大会。徳目の内容とピッタリで、4年前もこの大会に絡めた内容を載せました。いっそのこと毎年やってくれないかなと、自分都合で他力本願なことを考えている今日この頃です。(2019.10)

映える→調和する

2019/08/31
  先日、J-CASTニュースというネットニュースサイトに「インスタ映え?撮影→8割食べ残しの非常識客 被害のジビエ料理店は『出禁』をきめた」という記事が載っていました。「写真撮影やネットへの投稿自体は全く問題はないのだが、写真のためだけに注文をして、ほとんど手をつけずに残すのは非常に悲しい。お金を払ったらインスタ映えの為に料理を大量に残しても構わないと思っている方々はご遠慮下さい。命をもらってその肉で生計を立てる者として、こんなに悲しいことはありません。」とネットに投稿した店主の想いが記事となっていました。それに対し、様々な意見が寄せられたようですが、その中でこのような反応があったそうです。「張り紙で、残すの禁止と書いていない以上、その人達の行動に問題はないと思います。ただ考え方はとても大好きです。」私は、前半部分の内容に少し考えるところがありました。マナーもルールも根底は、みんなが気持ちよく生活することを目的としているはずです。そして、マナーの曖昧な部分や基本的な部分を明確にし、より解りやすく守るために設けられたものがルールなのではと思います。そう考えると、マナーを無視すること自体「行動に問題がない」とは言えないのではないかと感じます。
  9月の徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」「あらゆることをありがたく感じよう」ということです。上記の件は、頂く命、そして料理が出来るまでに関わった方への感謝、つまり「いただきます」と「ごちそうさま」の意味を身にしみて感じていれば起こらなかったことではないでしょうか。マナーとは周りへの気配り、つまり周囲と繋がっていられる、支えられている事への感謝を行動に表したものだと私は考えます。改めて、謙虚でいる事の重要さを考えさせられるニュースでした。
  せっかくの「インスタ映え」が「インスタ蠅」と揶揄されないように気を付けたいものです。と、今回の画像に使うために、インスタ映えしそうなジビエ料理を一生懸命ネット検索しました…(2019.9)

仲良く

2019/08/23
 「『よろこんであたえる人間となろう』─ものがあればものを ちからがあればちからを ちしきがあればちしきを みんなにあたえよう なければ自分のなかに そだてて あたえよう 花は美しさをおしまず 小鳥は たのしい歌をおしまない だれにでもあたえている あたえるとき 人は ゆたかになりおしむとき いのちは まずしくなる よろこんで あたえる人間となろう─」
  これは浄土宗に制定されている「六つのねがい」のひとつです。この中で私が目を惹かれたのは、「なければ 自分のなかにそだてて あたえよう」「あたえるとき 人は ゆたかになる」という箇所です。難しいことではありますが、心に留めておきたいものです。
  8月の徳目は「自利利他(じりりた)」「自分を高め人に尽くそう」です。上記の文章はまさに自利利他を表しているように感じます。自分を高めることは自分の為、つまり「自利」です。一方で、その高めたものを周りに振り向けることは「利他」ではありますが、それは自分の心を豊かにし、与えたものは回り回って必ず自分へ還ってくる「自利」にもなります。明照の保育目標「仲良く」にはそのような自利利他の想いも込められていると思います。今の世の中は個を大切にすることが重要になっており、もちろんとても大事なことです。但し、根底に「自分たちは周りに生かされている」という謙虚な想いがなければ、「個の尊重」は「自分さえ良ければ良い」にすり替わってしまいかねません。子どもたちの自主性を育てながら、それぞれが培った力を周りに振り分ける協調性も大事に取り組んでまいります。
  この話はどうぞ自分だけに留めず、「テープを回して」でも他の方にもお伝え下さい。(2019.8)

攻める親切

2019/08/23
 「障害者の側に立って、味方になってくれている人たち、要するに家族や福祉や介護関係、ボランティアの人たちなどが、障害者に理解のない人たちから我々を守ろう、少しでも社会に参加させようと過剰に振る舞い、結果的に社会と我々とを隔絶させてしまっているのをまま目にする」ホーキング青山という肢体不自由のお笑い芸人さんの言葉です。この言葉を聞いたときにハッとさせられました。「過剰」な想いが時としてマイナスに働いてしまうこともあります。そしてそれは、子育てでも同じようなことが言えるのではないかと考えさせられました。
  「除菌」「抗菌」という言葉を様々な場面で耳にすることが多くなり、周りで子どもたちを菌から守る意識がここ数年非常に高まっていると感じます。ある一定は必要なことでありますが、子どもたち自身の免疫力を高める手立ても同時に考えていかなくてはなりません。また、子どもたちが誰でも安全で安心して遊べる環境を整えるため、屋外遊具がシンプルで遊びやすいものへと変わりつつあります。もちろん、そのような視点も大事なことであります。しかし、自分は今どのくらいのことができ、どこまでが安全で、どこからが危険なのか、子どもたち各々が判断する力もまた必要なことだと考えます。守ろうとする善意や、誰もが同じようにという配慮は、度を過ぎると、子どもたちの成長の妨げになってしまうものかもしれません。
  「今月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。世間一般的に弱い立場とされる人へは手を差し伸べ、守ることを考えがちですが、相手の為になるかどうかが親切には重要であり、場合によっては「守らない」ことが親切になることもあるのだと思います。
  題名がイマイチ解りづらいですが、触れないこともまた親切です。(2019.7)

新たな気づき

2019/08/22
 新園舎に引っ越しをしてもうすぐ1ヶ月。新しい場所ならではの子どもたちに関する発見がこの期間でいくつかありました。その中で、特に印象深かったものを紹介します。
それは新園舎への登園初日のこと。プレイルームを見渡し「うわぁ」と子どもたちが歓声を上げる中、「ののさまはどこにいるの?」との声が聞こえてきました。その声を聞いたとき、非常に嬉しい気持ちになりました。
 神仏や自然に対してよく使われる言葉に「畏敬の念」というものがあります。畏れ(おそれ)敬う心情のことで、「畏れる」とはつつしみをもって相対する心情を表します。人は一人では生きられません。「畏敬の念」を抱くことで自分が様々なお陰で生かされることを感じ、謙虚な気持ちになれます。「ののさまはどこにいるの?」は直接「畏敬の念」につながるわけではありませんが、子どもたちの心に紛れもなく「ののさま」が存在し、気にかけている、そんな思いが私を嬉しい気持ちにさせたのだと思います。仏教保育ならではの感覚を育てられていることにありがたい思いになりました。
 6月の徳目は「生命尊重(せいめいそんちょう)」「命を大切にしよう」です。「私と小鳥と鈴と」で有名な童謡詩人である金子みすゞの詩に「星とたんぽぽ」というものがあります。その中で「見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ」という一節があり、見えないものや見えにくいものの大切さを伝えています。目に見えないものにも思いを馳せ、生かされていることを感じることもまた、命を大切にすることにつながっていくのだと思います。実際には目に見えない「ののさま」に対する子どもたちの思いを、これからも大事にしていきたいものです。
 新園舎に引っ越しして1ヶ月。子どもたちの様々な育ちを発見する一方で、引っ越しの際に大事にしまった書類を未だ発見できずにいます…(2019.6)

破るために守る

2019/08/22
 【適切にルールを破る方法を見つけるために、ルールを学びなさい】チベット仏教の偉いお坊さんであるダライ・ラマ14世の言葉です。「ルールを破りなさい」という言葉に違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし、「適切に」が非常に深い意味を持っているように感じます。日本には「守破離(しゅはり)」という言葉があります。これは、武道や茶道などの修業に際して、まず型を「守り」、しっかりに身につけた者は、他流派なども含め自分に合った型を研究して元の型を「破り」、そしてさらに鍛錬を重ね、自分独自の型を作って元の型から「離れ」ていく、という考え方です。ダライラマの言う「適切に破る」とは、より良いものを生み出すという意味で、そのためには元々のルールにどんな意味や目的があるかを理解する必要があるということだと思います。実際に体験することで気づくこともあるはずです。まずはルールを守ることが大切なのではないでしょうか。
  今月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」です。「きまりを守り、集団生活を楽しもう」という意味です。今はルールを覚える時期であると思います。仏教で大切なルールとは「みんなとともにより良く生きる」であり「共生(ともいき)」と言います。社会の中で生きている私たちは何をしても許されるわけではありません。規則や枠があり、その中で考えるからこそ工夫や創造が生まれ、それが楽しみとなっていきます。一定のルールがある集団生活の中で、自主性と自分勝手の違いを私たち大人はしっかりと見極め伝えていかなくてはならないと感じています。
  平日はお酒を飲まないようにするマイルールが、たまにはOKになり、夜お米を食べないマイルールが、ちょくちょく食べるようになりと、より良い(?)ルールへと変貌を遂げています。(2019.5)

お耳澄ますと

2019/08/19
 昔、ネパールの山登りツアーに参加した時のことです。山登りといっても、イモトアヤコさんのような、壮絶な登山ではなく、ハイキングのような比較的穏やかな山登りです。その山登りでは2日ほど山でキャンプをしたのですが、夜空に圧倒されました。周りに光がほとんどない状態での空はまさに満天の星。人工衛星の光も見えるほどで、流れ星も数分に1度は見られます。また、周りに音のするものがない静寂の世界。「こんなに静かだと流れ星の音が聞こえてきそうですよね。」ツアーに参加している他のお客さんが言うように、耳を澄ますと本当に流れ星の音が聞こえてくるのではと思うほどでした。耳を澄ませば澄ますほど、心が穏やかになっていくような気がしたのを今でも思い出します。
 今月の徳目(より良く生きるための基本となるもの)は「合掌(がつしよう)聞法(もんぽう)」「敬う心をもって人の話を聞こう」という意味です。人と向き合うときはもちろんですが、物事と向き合うときにも必要な姿勢ではないでしょうか。耳を傾けようとすることで一度立ち止まることができ、一度立ち止まることで心に余裕が生まれ、ひたむきな態度になれるのだと思います。音に溢れた現代社会において、完全に音のない生活を送ることは難しく、「耳を澄ます」ことをする機会があまり多くありません。だからこそ、耳を澄ます機会を作り、物事とゆっくりと向き合うことで、聞こえたり見えたりするものがあるのかもしれません。
 この文章を作りながら、私自身も耳を澄まそうと試みてみるのですが、最近メディアに登場してきたお笑い芸人の「パンケーキ食べたい」が、何故か頭の中でリピートしてしまう、テレビにまみれた生活をしている私です。(2019.4)

2019/08/19
  お寺の庫裏の屋根から落ちる雪は毎年2m以上の高さまで達し、幅広く積ります。息子たちは「かまくらが作れそうだね」と見るたびに話していたので、先日の休日に重い腰を上げかまくら作りをすることにしました。最初は張り切っていた子どもたち。しかし雪をかきだしてもかきだしても一向に広がらない穴に、次第にげんなり。とうとう次男と長女は掘っている横で尻滑りを始める始末。長男と私でコツコツと掘り進めることになりました。しばらくすると、ようやく1人が入れそうな広さに。すると、「面白くなってきた」と俄然やる気が出てきた長男は黙々と掘り進めました。一方次男たちは、何度も尻滑りしているうちに程よいコースができたため、コースのスタートまで上りやすくするための階段を作り始めました。実際上ってみては高さを調節したり、幅を考えるなど試行錯誤を繰り返していました。そこからはあっという間の2時間。かなり立派な、家族全員入れるかまくらと、階段付きの尻滑りゲレンデができました。
  さて、3月の徳目は「智慧希望(ちえきぼう)」「希望をもち、楽しく暮らそう」という意味です。何事も初めてのものは見通しが持てるまでには時間がかかります。しかし、見通しが持てると「希望」が生まれ、希望が生まれると困難にも立ち向かえるようになり、いずれはその困難すら「楽しく」なるのだと思います。子どもが初めてのものに立ち向かう時、見通しが持てるよう配慮することが私たち大人の役目なのではないでしょうか。進級進学を迎え、新たなステージに立つ子どもたちが見通しを持てるようしっかりサポートしていきたいものです。
 子どもたちの作ったかまくらとゲレンデの大作を写真に撮っておけばよかったと、この文章を書きながら非常に後悔している見通しの甘い私です。(2019.3)

2019/08/10
「節分の夜に、恵方に向かって願い事を思い浮かべながら丸かじり(丸かぶり)し、言葉を発せずに最後まで一気に食べきると願い事がかなう」とされる恵方巻。大阪発祥の風習と言われているようですが、起源には諸説あり、実際のところは不明な点が多く定説は存在しないそうです。ちなみに今年の恵方は東北東、細かくいうと東北東やや東とのことです。全国的にはここ10年ぐらいのうちに節分の風物詩として定着してきました。
  そんな恵方巻の「願い事を思い浮かべながら」「言葉を発せず」という部分から、とあるプロのスポーツ選手のインタビューを思い出しました。「私は、試合のイメージはもちろん、勝った瞬間の喜ぶ自分の姿や表彰式の様子までイメージして大会に臨んでいます。」といった内容です。実際に、未来の自分を具体的にイメージする、特にそのイメージが鮮明なカラーに描けるまで高めるとその姿に近づくことが出来る、という話はよく聞きます。忙しいときや大変なときこそ一度立ち止まり、自分の考えをじっくり整理する、そんな時間をもとうとする心の余裕が欲しいものですね。
  さて、2月の徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく)」、「よく考え、落ち着いた暮らしをしよう」です。近年は、大量の売れ残りを「捨ててしまう」問題がクローズアップされ、ネガティブな話題としても取り上げられている恵方巻。それでも、節分の日には鬼に投げた豆や恵方巻を食べながら、どんなお願い事をしたのかや今年はどんな1年にしたいのかなど、家族でゆっくりイメージを高め合う時間が作られれば、恵方巻の風習は「捨てたもの」ではないですね。(2019.2)

2019/08/10
 お笑いコンビサンドウィッチマンの伊達みきおさんによる「ゼロカロリー理論」。「カステラは潰すととっても小さくなるからゼロカロリー。」から始まり「ドーナツは真ん中が空いているし、形で0を表しているからゼロカロリー。」「カロリーは熱に弱いから唐揚げはゼロカロリー。」など、現実的にはあり得ない話ではありますが、その視点に思わずクスッとしてしまいます。このゼロカロリー理論は話題を呼び、歌にもなるほど盛り上がりを見せました。この理論がこれだけ人気を集めているのは、視点の面白さだけではなく、どこかでそうであって欲しいと願ったり、健康を意識しすぎることに少し息苦しさを感じている部分もあるのではないかと考えます。
  健康に気を付けることはとても大事なことですが、健康に気を使いすぎて何も楽しめず余裕がなくなり、心が不健康になってしまうのは本末転倒です。心も体も健康になるためには、我慢だけではなく、少し気を抜ける場面や失敗を笑い飛ばせるくらいの柔らかさが必要なのかもしれません。
  さて、1月の徳目は「和顔愛語(わげんあいご)」、「柔らかい顔で、優しい言葉を」です。育児においてもこの精神は大切なのではと最近強く感じます。子どもの間違いを正すことは大事ですが、そこばかりに目がいってしまうと口調が厳しくなってしまい、その言葉を受ける側も萎縮してしまいます。時には余裕を持った対応が思いを伝わりやすくし、その結果、受ける側は気持ちを新たにでき、互いに柔らかい気持ちになるのではないでしょうか。
  年末年始は飲食することが楽しみな行事が目白押しで、体重増加が気になるところです。しかし、たくさん飲み食いして柔らかい「まん丸」な顔になったその時、きっと「O」カロリーになるのだと思います(諸説あり)。(2019.1)

2019/08/09
 「子供の科学」という創刊以来90年以上経つ、子ども向けの月刊雑誌があります。小学生の頃、実験などの科学的分野が好きだった私はあまり本を読まない人間であったものの、その本はそこそこ読んでいた記憶があります。最近、私の母が孫にも読ませたいと購入を再開し、私も懐かしさから久々に手に取ってみました。
  本の内容には、パソコンのプログラミング方法など当時の子ども向けには考えもしないような記事も増え、科学の進歩を感じさせます。その中で非常に興味深い実験記事がありました。それは、授業内容をノートに手書きして受けたグループとパソコンに打ち込んで受けたグループが、後にその授業に関するテストを受けると、手書きして受けたグループの方が成績が良いという結果が出たというものです。世の中は科学の力でどんどん便利になっていきますが、不便や苦労が人を成長させることもあります。一見科学の進歩を否定するように見えるこの記事を、科学雑誌があえて載せているということに考えさせられるものがありました。
  12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。「耐える」と考えると、どうしても苦しくて辛いイメージをもってしまいますが、「便利だから楽しいんじゃない。不便さの中にこそ幸せはある(所ジョージ)」のように、本当の面白さは大変の中にこそあると気づけると、「忍辱持久」はもっとポジティブな見方が出来るような気がします。
  実を言うと私、高校に入ってから「mol(モル)」という化学単位の難しさにすぐ挫折して、理科から離れてしまったタイプです。当時パソコンが今くらい便利なら楽に理解できたのに…成長がありません。(2018.12)

2019/08/09
 「最初から苦しむ方向をとったから後は楽になった。最初楽した者はその後苦しむ。」これは、HONDAの創業者、本田宗一郎氏の言葉です。ビジネスの本などによく掲載されており、成功するための鍵と言われています。実際に、最初の頃すぐにはうまくいかず試行錯誤を繰り返している企業ほど、後に長く成功するという調査結果もあるそうです。よくよく考えると確かにその通りで、最初に深く考えもしないで単純に成功しているところの真似をしたり、誰かに頼って努力をしないでいると、自分で考える力や習慣が身につきません。そして、後に何か苦労をしなくてはならないとき、楽から抜け出せず、努力の仕方も分からず、本来の苦労以上の苦労をしてしまうのだと思います。はじめの時期にどんな経験をし、どんな力を身につけ、それをその後どうするのか、そのことを念頭に置いてはじめのうちに努力することが後々の方向性に大きく関わってくるのだと思います。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」です。子育ては長い道のりではありますが、「三つ子の魂百まで」ということわざがある通り、本田宗一郎氏の言葉は子育てにも当てはまることだと思います。この時期にしっかり子どもと向き合う努力が、私たち大人にとって子育ての大きな財産になり、何より子どもたちにとってその後のスムーズな成長に繋がるはずです。そして、園に預けているから、ご家庭に帰したからあとは関係ないではなく、様々な角度から互いに共通理解を図り協力し合いながら子育てしていくことこそが、子どもを更に成長させるものだと信じています。お陰様で、本園では、園と家庭の両輪で子育てが出来ていると強く感じます。これからも相互協力しながら、今後の子育てがより順調に進むよう、今この時期を大事にしていきたいと思います。
  毎回おたよりの文章を書く際に、「きっと何かが降りてきてひらめくはず!」と、結局〆切ギリギリになってしまい、後で苦しむタイプの私です…(2018.11)

2019/08/08
  スペインに「人間の塔」という無形文化遺産があります。カタルーニャ地方で200年以上続く伝統的な行事であり、近年ではメンバーの身長や体重をデータ化し、それぞれ最適なポジション配置を組むところからこの行事は始まります。塔の頂点の子どもは、大人達が絶対に守ってくれると信じ、土台や中段の大人達は、自分たちを信じてくれる子どもたちを絶対に落とさない強い決意をもって、緻密な計算と互いを信じ合う人々の絆によって塔が形成されていく光景は圧巻であり、正に命をかけて皆が真剣に取り組む姿勢は、見る者に様々な想いをもたらします。
  さて、10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。近年日本では、子どもにとって少しでもリスクがあるとすぐに排除することが主流となっています。一方で、過度な排除により子どもたちの「運動能力」や「危険察知能力」が低下し、大きなケガや事故が増えている状況も生まれつつあります。子どもをケガから守ると言うよりも、大人が極力責任を負わないような流れにも見えます。私たち大人は、子どもがケガをしないように何もさせないのではなく、子どもの主体的な活動を通じて、万が一失敗しても最小限のケガで大きな価値が生まれるよう、安全対策のバランスをとることが大事です。「人間の塔」は極端な例ではありますが、リスクに向き合うことも時には容認し、私たち大人が協力し合って見守ることも大切なのではないでしょうか。
  「人間の塔」で、普段どんなテレビ番組を見ているか、気づかれたかも知れません。ついでに同番組で有名なキラキラの話もしようかと思いましたが、様々なリスクを考慮し向き合えませんでした。(2018.10)

2019/08/02
 先日、園舎建て替えのための地鎮式が行われました。一般的には神道形式で行われますが、今回は仏式にて、理事長が導師を務め行いました。ちなみに左の写真はその際に立てた卒塔婆の写真です。
  神道形式は、神様の土地を使用させてもらえるようお願いする意味合いが強い儀式とされています。一方仏式は、様々な人々のお陰様をもって建築の運びとなったご縁を喜び合い、仏様に感謝する意味合いが強い儀式と言われています。報いた恩に改めて感謝する機会とすることが肝要なのだそうです。
 9月の徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」「あらゆることをありがたく感じよう」ということです。地鎮式当日は雨が降り、直前の準備に予想以上労力を要しました。しかし、準備をお手伝い下さった方々が機転を利かせて下に敷くためのプラスチック板を急遽手配して下さったり、突然の予定変更や連絡不足にも迅速に対応して下さったりと、本当に多くの方のお陰で厳かな地鎮式を執り行うことが出来ました。 正に「雨降って地固まる」という言葉がぴったりな経験だったと感じます。このご縁に感謝し、再び襟を正して新園舎完成に向けて進んでいかなくてはと、思いを新たにするきっかけとなりました。
 ここまで読んで、「何か綺麗にまとめているけれど、結局は園長の準備不足だったのでは?」と気づかれた方、それでも気遣ってあえてそこには触れずにいて下さるご配慮、心より感謝申し上げます。(2018.9)

2019/08/02
「自分の機嫌は自分で取る。人に取ってもらおうとしない。」
  お笑い芸人みやぞんが、過酷なロケの最中につぶやいた言葉です。みやぞんとは、運動神経が非常に良いことに加え、いつもニコニコと笑顔を絶やさないため、最近は様々な番組に出演しています。今回のこの番組でも、目的を達成するまでの間様々な災難に見舞われスタッフも疲労困憊の中で、自分を奮い立たせるように「自分の機嫌は自分で取る。」と笑顔を絶やさず前向きな姿勢はとてもカッコ良いものでした。
  明照保育園のお約束「明るく」「正しく」「仲良く」の話をする際、子どもたちには「いつも笑顔でいること」とが「明るく」ということですと伝えいます。先日「明るく」とはどうすることですか?と子どもたちに聞いてみたところ「みんなを笑顔にすることです。」と答えた子がいました。「自分の笑顔で、周りも笑顔にする」ともう一歩踏み込んだ考え方もいいなと、園児の回答をきっかけに考える機会となりました。
  8月の徳目は「自利利他(じりりた)」「出来ることはすすんでしよう」ですが、「自利」という言葉通り、自分にとってのプラスにもならなくてはなりません。自分の機嫌は自分でとり笑顔になる事で、みんなも笑顔にしていく姿は正に「自利利他」の体現であると感じます。「まずは自分から笑顔に…」どんなときでもポジティブな気持ちを心がけていきたいものです。
  今回の文章はどんなテーマにしようか考えている時に、難しい顔してもダメだと思い、ニコニコしながらパソコンに向き合っていたら気持ち悪がられ既にネガティブとです。園長です…園長です…園長です…。(2018.8)

2019/06/21
 「大迫、半端ないって!」先日のサッカーワールドカップ日本対コロンビアの試合前後から何度も目や耳にした言葉です。「大迫」とはサッカー日本代表の大迫勇也選手のことで、彼が高校時代の全国高校サッカー選手権大会準々決勝において、対戦したチームの主将が試合後、大迫選手の凄いプレーに脱帽して発しました。続けて、そのチームの監督が「俺、握手してもらったぞ」「鹿児島城西(大迫選手の母校)を応援しよう」と語ります。当時、この様子が何度も放送され「大迫、半端ないって!」は注目を浴び、今回改めて話題となりました。言葉遣いは違えども、主将も監督もチームの雰囲気を少しでも和ませようとし、これだけ潔く相手を称える姿勢に器の大きさを感じました。また、大迫選手について「誰よりもロッカールームを綺麗に掃除する選手」と当時の取材を基に紹介するアナウンサーの話や、負けたこのチームは2年後、初の全国制覇を成し遂げた事など、思いや行動は巡り巡ってくるのだと考えさせられました。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。「親切」を辞典で調べると「思いやり」という言葉が出てきます。「世話をする」といった、直接的に誰かへ優しさを向けた行動だけでなく、周りの事を考えたり、他人を素直に認め受け入れたりすることもまた思いやりなのだと思います。「布施」とは修業の一つなのですが、周りへの気配りは巡り巡るものであり、自分が周りと繋がっているんだと気づくことが「布施」という修業なのではないでしょうか。
  「半端」な気持ちで流行りに乗ってしまったため、オチのない話になってしまいました。園長△(さんかっけー)とはいきませんね…(2018.7)

2019/06/20
  七戸町出身のマリンバ奏者、新谷祥子さんに何度かお越し頂き、ミニコンサートやワークショップを開催しています。その中で新谷さんからのアドバイスで、段ボール太鼓を製作し、新谷さんのマリンバと園児達の段ボール太鼓で一緒に演奏したことがあります。
  段ボール太鼓とは、様々な端布を貼り付けた段ボール箱を太鼓に見立てるものなのですが、端布の貼り付け方や箱の形状により、見た目も音も様々な表情を見せます。もしかしたら、それぞれ段ボールと端布のままであれば、物としての役目を終えてしまっていたかもしれないところを、まるで新たな命を吹き込まれたような、初々しさや明るさを感じさせます。子どもたちも、普段使う太鼓とはまた違う楽しみ方を見つけ、イキイキと演奏しているのが印象的でした。リメイクすることで使う側の気持ちもまた新たに、そして前向きになる事に気づき、一つの物を長く使うこととまた違う良さを再認識しました。
  今月の徳目は「生命尊重(せいめいそんちょう)」「命を大切にしよう」ということです。日本にはもともと、生き物だけでなく道具などにも命が宿っているという考えがあります。また、「もったいない」という考えも日本独自のものです。「命を大切に」というと、どうしても生き物だけに目がいきがちですが、物を長く使い続けたりリメイクしたりすることもまた「生命尊重」の心を育てる良い機会のような気がします。
  体重をもう少し減らしたいのですが、私の「もったいない精神」の賜で、目の前の食べ物に向き合ってしまう今日この頃です…。(2018.6)