青森県上北郡七戸町字町7-2
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ブログ

根比べ

2021/12/03
  「二月の勝者」という中学受験をテーマにしたドラマを毎週家族で見ています。スーパー塾講師黒木蔵人が成績不振の塾を建て直しにやってくる内容です。黒木の言動は、一見冷たいように感じますが、それは偏見や世間体を気にする大人の立場がそう感じさせるだけであり、誰よりも子どもの現状と今後の可能性を踏まえた対応であることに気づかされます。例えば過去問を解かせるシーン。下位クラスの子達には前半までの基本問題だけを解かせました。「過小評価に繋がり子どもたちを傷つけるだけ」という大人の心配をよそに、相対的に丸が多く付いたテスト用紙に子どもたちは自信をもち、もっと頑張りたいと思えるようになりました。また、頑張って上位クラスに選抜された努力家で内向的な柴田まるみと、天才肌でずっと上位クラスにいる活発な直江樹里を関わらせたシーン。まるみが上位クラスのレベルの高さに自信を無くし,母親は子どもの性格のことも考え無理をさせないよう塾に訴えます。しかし、実はまるみは樹里の活発な部分に、樹里はまるみの努力家な部分に憧れており、お互いに高め合う存在となりました。私たち大人は、「周りから見て」とか「この子はこういう性格だから」と、ある意味枠にはめて考えがちですが、それを取り払った時に子どもたちはとてつもなく成長することを目の当たりにします。しかし、そのためには私たち大人自身が世間の目やこれまでの常識に打ち勝つ覚悟も合わせて必要なのだと感じます。
  12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。「受験」はなぜか「詰め込み」を連想し少し構えてしまいます。しかしそれは私たち大人の偏見または頑張らせ方の問題であり、ここで大切なのは「何事にもいかに意欲的に取り組むか」ということです。それは子どもの「育ち」にも繋がることなのではないでしょうか。ダメなものを叱ることは簡単ですが、それはまさに私たちが毛嫌いする「勉強しなさい」と叱り「詰め込み」する「受験」と変わりません。かといって、「自由にさせています」と子どもに任せることも、良いことと悪いことを分別させ、子どもたちの可能性を引き出すといった本来大人が担うべきものを放棄し、子どもの性格に原因を求めていることになってしまいます。大人は子どもが頑張りたくなる環境を作り促し、叱らず許さずを徹底する。子どもの根気強さは大人が根気強く取り組むことで引き出せるのだと思います。
  「目標の 高校目指し 一直線 心に決めて 今日は眠ろう」中学生の時に作った短歌です。短歌と同じ生活をしていたらとんでもない目に遭いました。何事にも意欲的に取り組む習慣は早めにつけたいものです…(2021.12)

1人遊びのススメ

2021/11/02
 昔、私が遊んだ「ドラゴンクエスト3」を息子達が初めからやり直しており、佳境に入りました。始めの頃は「どうすればいいの?」「代わりに進めて」だったのが、最近では自ら考えてストーリーを進めて行く姿に、現在園で取り組んでいる「1人遊び」を重ね合わせていました。
  1人遊びは集中力を高め、自分で考える力が育つと言われていますが、実は他者との適切な関わりにも非常に重要な役割を担います。1人遊びが出来ないと、1人で遊ぶのがつまらないために周囲へちょっかいを出し、周囲の反応を楽しむといった間違ったコミュニケーションの取り方を学んでしまいます。これが対人トラブルの原因の一つです。ご家庭でも、兄弟げんかやお家の方がずっと関わらなくてはならなくなることで家事が滞ってしまうおそれもあります。また他者への依存が増すと、食事や身支度などの基本的生活習慣の確立にも悪影響を与えます。園では、1人遊びを苦手としている子にはまず個別のスペースを設け、保育者とおもちゃで遊ぶことで遊び方を教えます。少しずつ1人で遊べるようになったら、おもちゃを介して他者との適切な関わりへ繋げていきます。そうすることでおもちゃの貸し借りや協力してのブロック作り、ごっこ遊びなど、おもちゃを通して子どもたちは「仲良く」過ごす方法を身につけていきます。1人遊びは他者との関わりの土台であると言えるのではないでしょうか。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」です。先述した通り、1人遊びは集中力、やり遂げようとする力を育み、「自立」にも繋がります。いつも園児と一緒に保育者も遊んで関わることが一般的な保育園の風景として捉えられていますが、明照では保育者の介入を少しずつ減らし、最後には子どもたちだけの力で仲良く遊べるという自立した姿を目指し取り組んでいます。
  上記のドラクエエピソードはテレビゲームを推奨するものではありませんが、決められた時間で切り上げて次の活動に移る切り替えに繋がっています…と、自分も懐かしさで見て楽しんでる部分もまあまああります。(笑)(2021.11)

対応しないという対応

2021/09/30
 先日「はじめてのおつかい」が放送されていました。同じ年頃の子と関わる身としてはやはり気になる番組なのでこれまでも見ていました。その中で、自信のない子や駄々をこねる子がお使いに行く行かないを左右するポイントがあることに気づきました。それは、子どもとの距離と声かけです。上手くいかないときは大体頑張らせようと、親が近寄ったり声をかけたり、子どもの抱っこやタッチの要求に応えたりしている時です。すると子どもは踏ん切りが付かなくなっていることがほとんどでした。一方で、大人が子どもの視界に入らずあえて声をかけない時こそ、気持ちが切り替わり凜々しい目つきになっていきました。そんな様子を見てふと、園での鼓隊練習が頭をよぎりました。練習中、次の動きに自信の無い子はどうしても保育者に視線を向け、これで合っているかを確かめようとします。保育者も自信を持たせようと目を見てうなずくと、その時は出来ますが次の練習でも同じように子どもが視線を向けます。その時にあえて視線を合わせず、例え多少時間がかかっても子ども自身の判断で行動できたときに褒めると、次から子どもは自信を持って動き出すことが出来ます。環境設定により気持ちを切り替えたり自信を持てたりするのだなと改めて感じる機会でした。
  10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。「敢えて対応しない」という対応は、ご家庭との連携がなくてはできないものです。人間誰しも、出来れば苦しくない方にいきがちであり、子どもならなおさらです。その時に、「対応しないという対応」を周囲が理解していないと、一見冷たく見えるためやりきれず「切り替え力」を身につける機会を奪ってしまいかねません。ご家庭と協力して、子どもたちの更なる成長を後押ししていきたいと思います。
  ひとまず運動会。終わるまで辛抱して、終わったらお子さんをいっぱい抱きしめてください。(2021.10)

区別と個別

2021/09/02
  「(東京五輪開催への)賛否両論があることは理解しています。ですが、われわれアスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば本当に光栄に思います。」男子柔道73キロ級金メダリスト大野将平選手が決勝戦後のインタビューで話した言葉です。正直私は、今年開催に疑問を抱いていた一人ではありましたが、少なくとも選手達のひたむきさに、連日報道される暗いニュースから解放された気持ちになり、また頑張ろうと思いを新たにすることができました。また、今回からの新種目であるスケートボードにおいて、10代20代の選手達が国やライバル関係なく難しい技が決まったときは喜び合ったり、失敗した選手を励ましたりする、これまで以上に一体感のある姿に、嬉しい気持ちにもなりました。現在も、開催そのものを手放しで歓迎する心境にはなりませんが、その中でも、素晴らしいものを見せてもらえた選手の方々への感謝の気持ちが芽生えているのもまた事実です。
  9月の徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」「あらゆることをありがたく感じよう」ということです。感謝するためにはまずそのものを認める姿勢が第一歩です。そういう点において、スケートボードで見た光景はこれからとても大事になってくる姿だと思います。現在、パラリンピックが始まっていますが、水泳競技に出場経験のある一ノ瀬メイ選手は「パラリンピックがなくなり、五輪のいちカテゴリーとしてパラ競技が行われるようになればいい。」とコメントしています。「障がい者のスポーツ」ではなく「スポーツの一つ」という認識が重要なのです。それと同じように、園でもこれまでの常識や偏見を取り払い、「みんな自分に合った方法で支えられながら成長している子どもたち」という理解が、入園式にお話しした「インクルーシブ教育」に繋がっていくのだと感じています。
  まずは、人の金メダルをかじらないよう伝えていきたいです。(2021.9)

自利と利己

2021/08/03
  「のびのび…振る舞いなどに束縛がなく、ゆったりと落ち着きのある様子」様々な国語辞典を調べると大体このようなことが書かれています。では「自分勝手」とは何が違うのでしょうか。私はルール遵守や周りへの配慮があるかどうかなのではないかと思います。スポーツにおいて「のびのびプレーする」とはルールを無視することでないですし、普段の生活で「のびのび過ごす」も自分のしたいことを優先させるために周りに迷惑をかけることでもありません。「のびのび」にはルールと配慮があることを私たちは考えなくてはなりません。
  8月の徳目は「自利利他(じりりた)」「自分を高め人に尽くそう」です。「自利」には「自分の得たモノを周りのために生かす」という意味が込められており「自分のためだけ」の意味を持つ「利己」とはまるで違います。仏教において、自分を高めようと努力する「欲求」と、何でも手に入れたいと行動する「欲望」は別物と捉えます。「欲望」は際限がなく、得られないと心が落ち着かなくなり不安や怒りなどの「執着」へと形を変えます。この「欲望」「執着」を無くしていくことが大切です。子どもに置き換えて考えると「わがまま」や「かんしゃく」などが無くしていくべきものと捉えます。ものごころがつく2歳前後から、要求を叶えようとわがままやかんしゃくという行動を減らし、気持ちを切り替えられるようになることが子どもにとって自利への第一歩だと考えます。今の世の中、いつでもどこでも自分のしたいことや欲しいものが比較的容易にできたり手に入ったりします。また、乳児教育の雑誌には「子どものしたいようにさせましょう」と耳障りのよい言葉が並んでいます。欲望を叶えることが当たり前になってしまえば、当然叶わないときの「執着」はとても大きなものになり、自分でもコントロールできない「かんしゃく」となります。だからこそ、要求が叶わない機会を設け、その時には気持ちを切り替えることを、私たち大人が『叱らず許さず』で教えていかなくてはならないのではないでしょうか。「のびのび」と過ごす方針はこれまでと変わらずとも、時代という環境がこれまでと変わりつつある今、取り組み方も変えていかなくてはならないなとひしひしと感じている今日この頃です。
  いつもよりかなり行数が多いところから、私のある意味執着が見え隠れしますが、ご家庭でも是非考えて頂けたら幸いです。 (2021.8)

先を踏まえて

2021/07/02
 今、読んでいる本にこんな事例がありました。会社で「もうだめだ」と弱音を吐き仕事に手が付かなくなるAさん。一般的には「甘え」や「精神の弱さ」というAさん自身の問題として捉えがちですが、応用行動分析学ではAさんの行動後にどんなことが起こったかに着目し、その環境の中に問題点を探します。この会社ではAさんの弱音が出ると職場の人たちの慰めや励ましがあるといった状況が見られました。自分の行動直後に起こったことが、本人にとって嬉しいことであればその行動は増え、そうでなければその行動が減るという人間の心理を踏まえ考えると、今回の事例では社員の慰めや励ましがAさんの弱音を吐く行動を増やしている原因と捉えます。では、どのようにすれば良いのでしょうか。この本には正解が書いてありませんでしたが、弱音を吐いているときは対応せず、仕事に取りかかった瞬間に励ましの声をかけてあげる対策が考えられるのではと思います。声をかけるタイミングを考えさせられる事例です。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。子どもが泣いていると、泣き止ませようと声をかけてしまいがちですが、子どもの年齢やその前後の状況をしっかりと見極めないと、私たちの対応によりその子の泣く行動をただ増やしてしまうことがあります。一方、泣き止んだ瞬間や気持ちを切り替え次の行動に踏み出した瞬間に声をかけることで、その子の良い部分が増えていくことがあります。思いやりとは、目の前のことだけではなく先のことも踏まえて対応することであると肝に銘じたいものです。
  私が望ましい行動をしていたら間髪入れずに「園長先生、素敵です!」と声をかけて頂ければ幸いです。(2021.7)

他からの視点

2021/05/31
  先日のりんごさん、めろんさんとのバス遠足での事。昨年度のバス遠足はことごとく雨に降られ屋内でお弁当を食べたため、子どもたちにとって保育園のお友達と中庭以外の屋外で食べるのは初めてでした。
  芝生の上に敷物を敷いてカバンからお弁当を出していると、当然のことながらアリなどの小さな虫が敷物の上を通過します。虫が好きで観察を始める子、苦手で声を上げてしまう子、お弁当に近づいたとき以外は特に気にしない子など様々な反応が見られました。そんな中、あまりにも怖がる子に対し、特に気にしていない子が「虫さんだって自分たちより大きな人間にびっくりしてるんだよ。」と諭す姿がありました。怖がっていた子はハッとした顔をして、必要以上に怖がることをやめようと頑張っている様子が見られ、健気な子どもたちのやりとりに心がほっこりしました。
  6月の徳目は「生命尊重(せいめいそんちょう)」「命を大切にしよう」です。命を大切にするとは、自分を大事にすることであるのは言うまでもありませんが、それと同じくらい周りも大切にしなくてはなりません。その為には周りの視点からも物事を考えることが重要であると考えます。どうすればみんなが共に生きられるのか、そんな気持ちを忘れずにいたいものです。
  そうは言っても、私自身も虫がそれほど得意ではないので、今年も長澤まさみに負けず虫コ○ーズ的なものをぶら下げて、虫とのソーシャルディスタンスを確保しようと思います。(2021.6)

執着しない自由

2021/05/01
  最近息子達が、私の幼少の頃使っていたスーパーファミコンに熱中しています。特に、ドラゴンクエスト3にハマっており、一度「冒険の書」というデータが消えてしまてからは、かなり慎重にカセットを扱っています。
  Switchなどの最新のゲーム機は、映像がきれいで内容も多く、それこそデータが消えるということもほぼありません。ゲームの作り手としても、昔に比べデータ容量が遙かに多くなっているため、あまり制限を気にせず、より内容が深いゲームが制作できるようになりました。しかし、今日のゲーム制作の発展があるのは、制限がある時代に試行錯誤を繰り返して知恵を絞ってきた蓄積があるからに違いありません。また、ゲームをする側も画像が粗かったからこそ、自分を投影するなど色々な想いをイメージできる自由が今よりあったように感じます。データの消失は仕方が無いと気持ちを切り替えて、一からやり直している息子達の様子を眺めながら、制限があるからこそ成長できる側面もあるのではないかと、感じていました。
  今月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」です。「きまりを守り、集団生活を楽しもう」という意味です。私たちは様々なヒトやモノに支えられて生きていて、そんな周りとも仲良く過ごすために一定のルールが存在します。そんな制限がある中でどう豊かに生きていくのかを試行錯誤することが必要な力であり、その基礎が入園式でもお話しした「切り替える力」であると考えます。好きなことができないと嘆きこだわるのではなく、今ある環境でいかに充実させ過ごすかを考える、自分の思いだけに執着しない心をもてた方がより自由で豊かなのではないでしょうか。
  息子たちのドラクエの進め方に「それ違うのに…」といささかモヤモヤしてしまう私は、また自分の思いに執着しています…(2021.5)

まねぶ

2021/04/07
  先日とあるバラエティー番組の企画で、まだ誰もやってないモノマネをものまね芸人が披露するトーナメントが行われました。披露までの準備時間は短いながらも特徴を抑えたものまねに、お腹を抱えて笑い、非常に見応えのある内容でした。「言われてみれば確かにそんな特徴ある!」とものまね芸人さんの洞察力に感心しながら、ふと「まねぶ」という言葉を思い出していました。「まねぶ」とは「学ぶ」のもともとの言葉であり、「学ぶ」と「真似る」は同じ語源であると言われています。何かを身につけるためには真似をすることが非常に大事な要素であり、まだまだ多くの言葉を正確に理解しているわけではない乳幼児にとって、大人の動きを見よう見まねすることが、学ぶための何よりの方法です。そう考えると、話を聞くための土台は、注意深く見る事なのではないかと感じます。
  さて、4月の徳目(より良く生きるための基本となるもの)は「合掌(がつしよう)聞法(もんぽう)」「敬う心をもって人の話を聞こう」という意味です。現在保育園では、乳児にはベビーサインを、幼児にはアイコンタクトの意識など、子どもたちが保育者に「注目」する機会を多く設けています。実は大人でも「正確に話を聞く」ことは難しいとされています。人はニュアンスやその時の感情で言葉を捉えがちで、多くの対人関係トラブルは、そのことによる誤解であるとも言われています。そのため、小さい頃から注意深く見聞きする習慣を身につけることは大切であり、人とのつながりをより豊にすることにも繋がっていくのではと感じます。
  森永悠希という俳優さんが私の学生の頃に非常に似ています。調子の良いときは自分でもちょっと笑ってしまうほどそっくりなので、是非見てみてください…ニュアンスで。(2021.4)

七転び八起き

2021/03/01
  大手シューズメーカーナイキより「ナイキ ゴー フライイーズ」という手を使わずに着脱できるスニーカーが発売されました。もともとは障がいをもつアスリートの意見などを受け、2015年からこのシリーズを販売していたそうですが、この度、完全ハンズフリーを実現させ、障がいの有無にかかわらず妊婦さんや荷物などで両手が塞がっている人など、幅広い層に対して便利なものになりました。特に、今は感染症予防の観点からも注目されています。見通しの持てない中、いかに向き合うかを体現した明るい話題だなと感じました。振り返ってみると、今年度様々な行事が中止や変更を余儀なくされましたが、変更したことによって新たな発見があったり、より良い方法を模索できたこともありました。逆境をいかに自分の糧にするか、考えさせられる1年でした。
  3月の徳目は「智慧希望(ちえきぼう)」「希望をもち、楽しく暮らそう」という意味です。感染症が起きないに越したことはありませんが、かといって、現状をただ悲観していても前へは進めません。どんな時でも希望を見つけることが大切であり、その見つける力が智慧です。子どもたちにとって、例年と比べ一見不自由で、残念な1年だったようにも感じるかもしれませんが、そんな中でも逞しくのびのび成長できたことは、これまでよりも子どもたちの智慧が育ったからではないかと考えています。トンネルを抜けるまで、もう少しかかりそうですが、大人も子どもも智慧を育て、少しでも成長した状態でトンネルを抜けたいものです。
  卒園、進級おめでとうございます。(2021.3)

ノイズ

2021/02/01
 安眠グッズにホワイトノイズマシンというものがあります。水の流れる音や扇風機の音、時計の秒針の音など日常生活でよく聞く、一定のリズムで流れる音が様々収録されており、その音に意識を向けることで考え事をして眠れない人は考え事から離れられたり、騒音が気になって寝られない人は気になる騒音から意識が離れることができるというものです。私自身は、毎晩3分で寝ていると家族から言われているのですが、どうも私自身が騒音を発しているようなので、購入してみることにしました。収録されている中で、私が一番気に入ったのは遠くで雷の鳴っている音です。3分から2分へと寝るまでの時間が短縮したため、さらに家族に迷惑をかけているかと思いきや、家族も機械から発する音に意識が向き、これまでよりは寝入りが良くなったとのことです。この機械は睡眠の時だけでなく、気持ちを落ち着けたい時や気分転換したい時にも使えそうで、良い買い物が出来たなとちょっと嬉しくなる出来事でした。
  さて、2月の徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく)」、「よく考え、落ち着いた暮らしをしよう」です。落ち着かない日々が続いておりますが、だからこそ落ち着く環境を自ら作る必要があると思います。あれこれ考えてしまう無限ループや周囲の騒音から意識を外し、ぼーっとする時間を作ることによってメリハリがつき、よく考え落ち着いた暮らしが出来るのだと思います。
  オチのない話ですが「おちつく」話ということで…。
※商品の感想はあくまで個人的なものであり、効果を保証するものではありません。(2021.1)

スマイル

2020/12/28
 【いつでもスマイルしててね 完璧なんかでいられる訳がないだろう すぐスマイルするべきだ 子どもじゃないならね】ホフディランの「スマイル」という曲の一節です。最近ではポカリスエットのCMでも流れています。今年は本当に先の読めない一年でした。そして、何が正しくて、何が間違っているのかもわからず、右往左往して疑心暗鬼になってしまいそうな年でもありました。そんな中でも、職員や保護者の皆様、そして子どもたちの笑顔に救われ、笑顔の大切さを改めて感じた一年でもありました。皆さんはいかがでしたでしょうか。
  さて、1月の徳目は「和顔愛語(わげんあいご)」、「柔らかい顔で、優しい言葉を」です。何一つ間違いのないものなどこの世には存在せず、難しい顔やきつい言葉を投げかけたところで、状況は好転しないことは誰もがわかっていることです。だからこそ「子どもじゃないならスマイルするべき」なのだと思います。それでも、自分の気持ちが収まらず、つい出てしまうこともあるでしょう。私自身本当の大人になるにはまだまだで、常にスマイルし続けることは難しいことでありはありますが、心に留めておきたい徳目であり、その都度気持ちを新たにしたいものです。
  これまでにない静かな年末年始になりそうです。高級ステーキで忘年会をしている方々もいらっしゃるようですが、それはそれとして、スマイルしながら家族ですてきな年越しをお迎え頂けたらと思います。…笑い飛ばすぐらいの器の大きさが欲しいものです。良いお年を。(2021.1)

青山 薪をくべる

2020/12/02
  先日より保育園の薪ストーブを使い始めました。昨年度より少しずつ、温度の上げ方や調節の仕方のコツをつかみかけています。まずは小さい薪を中心に燃やし一気に温度を上げると、大きな木が自ら発する煙自体も燃料となり燃え始めます。そうなると、こちらがあまり手をかけなくても温度はどんどん上昇し、目標の温度まで到達します。そして、ストーブ全体が温まると簡単には下がらなくなります。これが、途中心配になって薪をくべるタイミングを増やしてしまうと、薪ストーブの扉を何度も開けてしまうことで炉の温度が下がって、煙が燃える温度に達せず、むしろ薪を多くくべなくてはならなくなります。このように火の様子を見ながらくべるタイミングを試行錯誤しているうちに、ふと、子どもたちへの声かけの仕方に通じるものがあるなと感じました。
  子どもたちのやる気の炎を燃やすにはやはり褒めることが第一歩です。まずはたくさん褒め、温度を一気に上げます。そして声かけがなくても自分から動く習慣が身につき始めたら、褒める機会を調節する段階です。そうすることで、「褒められるために頑張る」「褒められなきゃ頑張らない」ではなく、「自ら意欲的に取り組む」へ変化していきます。褒めるはあくまできっかけであり、少しずつ自分の意思で行動できるようにすることが自立へと繋がっていくのだと思います。
  12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。火の様子はまちまちであるように、子どものタイプも様々です。褒める回数やタイミングをどのように調節すべきかは根気強く子どもと向き合わなくてはなりませんが、一度軌道に乗ると子どもたちは驚くほど成長します。子どもたちの力を信じつつ、ただ待ったり、ご機嫌を伺ったりするのではなく、積極的に促す術を身につけていきたいものです。
  男性を褒める「さしすせそ」というものがあるそうです。「さすが!」「知らなかった!」「すごい!」「センスある!」「そうなんだ!」…きっと非常に燃費の良い薪になると思うので、是非ご利用ください。 (2020.12)

切り替えのススメ

2020/11/02
  現在、園では「切り替え」をテーマとした取り組みをしています。具体的な取り組みの1つに「部屋の出入り」があります。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、一度扉の前で立ち止まり、保育者が「どうぞ」と声をかけたり、進路方向へ手を差し出したりしてから部屋を出入りすることに取り組んでいます。これまで、お外から戻ってくる際や、プレイルームで遊ぶ際、遊ぶ事への興奮から勢いよく部屋を出入りすることで、お友達同士がぶつかったり、、自分の鞄を乱暴に取り上げたり、羽目を外してしまったりと、次の活動が雑なものやスムーズに進まないといったことがありました。しかし、現在の取り組みをすることで、子どもたちが意識的に体を止め、入退室の促しを注意深く待つようになり、気持ちの切り替えが出来るようになってきました。すももさんでも、目印のあるところで座ったり立ったりして順番を待つ取り組みを行っており、スムーズに活動が進む機会が増えてきました。そのため、園全体でこれまで以上にメリハリのある生活が送ることが出来るようになってきています。
  メリハリがつくと、すべきことがより明確になり、子どもたち自身で考え行動できるようになります。普段の生活の些細な「切り替え」の積み重ねが基本的生活習慣や自主自立の確立を促していくのだと思います。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」です。「最後までやり遂げる」と聞くと、「最後まで集中する」とイメージしがちですが、大人でも長い時間集中することは難しいものです。その都度気持ちを切り替えて取り組むことで、質の高い活動が継続でき、結果的に最後までやり通すことができるのだと思います。園での取り組みについてご理解くださいますよう宜しくお願い申し上げます。
  「切り替えよう」と思い、一つの仕事を途中で切り上げ他の仕事に取りかかると、前の仕事を忘れてそのままにしてしまう…そんな間違った切り替えで仕事に追われています…(2020.11)

感謝と恩返し

2020/10/05
  半沢ロスです。今回は、前回宿敵だった大和田常務と協力する場面がいくつもあり、しかもそれが絶妙なコミカル加減のため、胸が熱くなりながらも笑ってしまう演出に、前作以上に引き込まれてしまいました。
  「物事の是非は決断したときに決まるものではない。(中略)だからこそ、今自分が正しいと信じる選択をしなければならないと私は思う。」これは中野渡頭取が半沢直樹へ最後に伝えた言葉です。では、正しいと判断する手がかりとは一体どんなものなのでしょうか。先回取り上げたアドラーが、このような言葉を残しています。「判断に迷った時は、より大きな集団の利益を優先することだ。自分よりも仲間たち。仲間たちよりも社会全体。そうすれば判断を間違うことはないだろう。」半沢と宿敵だったキャラクターが味方になったかどうかは、「周りのことを考えているのか、自分の事しか考えていないのか」の差ではないかと思います。「自由」や「プライベート」など個の尊重が叫ばれる世の中で、このようなドラマが話題となり盛り上がりを見せるのは、自分の事だけではなく周囲のことも考える重要性を、私たちが心や頭のどこかで感じ、考えているからなのかもしれません。
  10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。協力するということは、まず自分以外の誰かを思うこと、そのためには半沢の言う「感謝と恩返し」の気持ちを持つことが大切です。「滅私奉公」は極端ですが、自分のことより少し多めに他人のことを考える余裕を持ちたいものです。
  今回はこれでおしまい「です」。(2020.10)

自分を拠り所とする

2020/09/02
  世間一般的に「自由」という言葉は「自分のやりたいことをやる」という意味で遣われています。元々は仏教の言葉であり、ニュアンスも少し違っていて「心の自由」を指します。このように書くと、「やりたい」という思いを叶えるのだから、世間一般的な自由と同じではないかと考えてしまいます。しかし仏教では、これを「やりたい」という衝動に心が支配されている状態と考えます。特にこの衝動が強いと「やりたい」ことにしか目が向かなくなり、「やりたい」が叶わないと、悲しみや怒りといった負の感情が生まれ引きずるなど、「やりたい」という感情に縛られてしまい、心も体もむしろ不自由になってしまいます。そのため、衝動によって心が左右されず、どんな状況にも柔軟で前向きな気持ちで過ごすことが、自らを拠り所とした真の「自由」であると仏教では考えます。感情に支配されず、常に成長する姿勢を保てる心を持つことは、より人生を豊かに過ごすことにもつながっていきます。
  9月の徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」「あらゆることをありがたく感じよう」ということです。環境に左右されない心の自由があるからこそ、どんなことも有り難く感じられます。そしてこの自由は、子育てにおいても非常に重要です。「子どもを自由にさせる=好きなようにさせる」と考えがちですが、衝動に支配される時間を長く作ることにつながります。そして「好き」が叶わないと、かんしゃくをおこしたり意固地になったり、負の感情に支配されやすい状態を作り上げてしまうおそれもあります。私たちは一定のルールの下で周りと共存しているため、思い通りにいかないことも多くあります。その時に、衝動に支配されないよう気持ちを切り替える習慣を身につけさせることも必要であると感じます。
  結構感情に支配されがちな私の心は、こういった類いのものを読み頭を整理することで、心の安定を図っています…と、まだまだ自らを拠り所にできずにいます。(2020.9)

最も変えやすいのは自分

2020/08/01
  「どうしたらみんなを喜ばすことが出来るかを毎日考えるようにしなさい。そうすれば憂鬱な気持など吹き飛んでしまいます。反対に自分のことばかり考えていたら、どんどん不幸になってしまいます。」これはアルフレッド・アドラーという心理学者の言葉です。「人の育て方に迷ったときは、自分に質問するといい。『この体験を通じて、相手は何を学ぶだろうか?』と。そうすれば、必ず答えが見つかるだろう。」アドラー心理学には子育てのヒントになることも数多くあります。
  例えば、子どもが適切ではない行動をするとします。一般的には行動をやめさせようとするなどの反応があります。しかし、子どもがその行動をとる理由を「気をひきたいから」と考えるなら、「その適切ではない行動に注目しない」という対処をします。そして、適切な行動などに注目することで「気をひくための適切ではない行動」が減り、「適切な行動」が増えるとアドラー心理学では考えるそうです。相手はどんな目的でこの行動をとっているのかと相手の立場で考え、自分の行動を省みることで自分自身も楽になり相手にとっても好影響となる事例だと思います。
  8月の徳目は「自利利他(じりりた)」「自分を高め人に尽くそう」です。家庭ではともすれば、息子達が言うことを聞かないと「まったく…」と私自身思いがちです。しかし、視点を変えて考えてみると、私自身の対応が子どもの適切でない行動を助長していることに気づかされます。自分の行動を変化させることで相手のよりよい変化につなげることも自利利他の一つかもしれません。
 是非皆さんも、私の良い行動にたくさん反応し、そうではない行動には目をつぶってください!(2020.8)

目は口ほどにものを言う

2020/07/02
 仏教には「無財の七施」という、物やお金がなくても出来る7つのお布施があります。その七施の一番最初に記されているものに、優しい眼差しで接する方法のお布施、「眼施(げんせ)」があります。
  常にマスクをするべきではないかという議論が出始めた頃、保育園の性質上、「子どもたちが怖がるのではないか」「保育者の表情が見えないのは、子どもたちの成長にはマイナスではないか」という意見が全国的にありました。現在では日常的にマスクをするのが当たり前になりつつありますが、先日園にいらした業者さんから、ステーキ屋のシェフが着けていそうな透明のマスクを紹介されました。表情が見やすいなと感じた半面、頭の柔軟性に難がある私は「シェフ」のイメージに引っ張られ過ぎ、保育者がすることに少し違和感を覚えて購入を断念しました。
  しかし振り返ってみると、目で伝えることで子どもたちにもメリハリが伝わりやすいのかなと感じる場面が多くあります。先回もお伝えした通り、「言葉で伝える」とは視覚と聴覚共に刺激を与えることであり、場合によっては情報過多でむしろ伝わらなかったり興奮を増大させてしまったりすることもあります。視線や眼差しによって子どもたちに伝えることも大切であり、そのことを考える良い機会なのかもしれないと最近は感じています。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。「布施」から「眼施」に繋げましたが、親切の話は一切出てきていないように思われるかもしれません。しかし、つまりはメリハリがあるほうが子どもたちにも伝わりやすく親切だという事であり…と色々「言葉」を駆使してお送りしました。(2020.7)

吾唯足知(われ ただ たる を しる)

2020/05/29
 最初で最後かもしれない、ほとんど何もないゴールデンウィーク中、私は「ナスD」の動画を見て過ごしました。3月に「天空のヒマラヤの部族」という通称ナスDこと友寄隆英さんが取材したテレビ番組が放送されると、アマゾン部族を取材した過去の番組を改めて見たくなり、この機会に見ることにしました。1度目の時は、大学の時に東南アジアをバックパッカーとして1人旅した時のワクワクドキドキ感を思い出すのが楽しくて見ていましたが、改めて見た今回はまた別の思いを抱きました。
  アマゾンの部族が狩りや漁をする際には、必要な分だけを獲ったり、多く獲れた場合は必ず他におすそ分けをしたりする習慣があります。「欲張らず、現状に満足することを理解する」との意味をもつ「足るを知る」という言葉がありますが、アマゾンの部族はまさに「足るを知る」を体現した生活を送っています。「ものが豊かになりすぎると心が貧しくなる」とよく言われますが、今の自分はどうなのだろうと考えさせられました。
  6月の徳目は「生命尊重(せいめいそんちょう)」「命を大切にしよう」です。「足るを知る」は、時に「身の程をわきまえる」と解釈されてしまいますが、私は「その時その時を感謝する」というニュアンスで理解しています。その時その時を感謝することは、生きていることそのものを感謝することにつながります。つまり「足るを知る」ことは「命を大切にする」ことになると私は思います。ものに溢れ、欲しいものは大抵すぐに手に入る世の中で、「足るを知る」を実践することは非常に難しいことではありますが、心に留めておきたいものです。
  ゴールデンウィークの最終日、お昼ご飯を食べている時にほっぺの内側を噛んでしまいました。頭では分かっていても、胃はまだまだ足るを知らないようです…(2020.6)

我慢するということ

2020/04/30
 最近良く耳にする言葉に「我慢」があります。現在は「辛いことを耐え忍ぶ」という意味で遣われていますが、実はこの言葉、仏教用語であり、現在とは違う意味で遣われていました。
  「慢心」という言葉が示す通り、我慢の「慢」には「自惚れ(うぬぼれ)」という意味があります。つまり「我慢」はもともとは、「自分自身に固執する」「我を押し通す」というよろしくない行動の意味で遣われていました。しかし、少しずつ「自分の意思を通す強さ」に意味が変化し、現在の「我慢」へとなっていったそうです。
  「自惚れる」ためには「他人と自分を比べる」ことが必要です。他より優れていると感じるから自惚れるのであって、比べなければそもそも自惚れは起きません。そう考えると、他と比べて自分が辛い思いをしていると考えるから現在の意味で遣われる「我慢」を感じ、苦しくなるのでは、という考え方もできると思います。「他人と比べる」のではなく、「他人を思いやる」姿勢が今求められているのではないでしょうか。
  5月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」「きまりを守り、集団生活を楽しもう」です。先の見えない状態で、守るべききまりがあるとすればそれは「周囲を思いやること」これに尽きると思います。今の世の中「(つまらないけど)家から出ない」という我慢をするのか、「(楽しみを見つけながら)家にいる」という行動をとるのか、同じことでも捉え方で気持ちは大きく変化します。そしてそれは周囲への思いやりにもつながります。「我慢」ではない「配慮」を心がけ過ごしてみたいものです。
  とある番組の家での過ごし方特集で、「カードに書かれている漢字を組み合わせ、かっこよく聞こえるカンフーの奥義名を作った人が勝ち」というカードゲームが紹介されていました。「欲しいなぁ」という息子たちに対し、「自分たちでかっこいい漢字を探して作った方がもっとゲームが楽しくなるんじゃない?」と声をかけたところ、「いいね!」と辞典を開き始めました。決してお金を使うことを「我慢」しているのではなく、子どもたちの学びにもつながるのではという「配慮」です、という一種の自惚れです。(2020.5)