青森県上北郡七戸町字町7-2
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破るために守る

2019/08/22
 【適切にルールを破る方法を見つけるために、ルールを学びなさい】チベット仏教の偉いお坊さんであるダライ・ラマ14世の言葉です。「ルールを破りなさい」という言葉に違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし、「適切に」が非常に深い意味を持っているように感じます。日本には「守破離(しゅはり)」という言葉があります。これは、武道や茶道などの修業に際して、まず型を「守り」、しっかりに身につけた者は、他流派なども含め自分に合った型を研究して元の型を「破り」、そしてさらに鍛錬を重ね、自分独自の型を作って元の型から「離れ」ていく、という考え方です。ダライラマの言う「適切に破る」とは、より良いものを生み出すという意味で、そのためには元々のルールにどんな意味や目的があるかを理解する必要があるということだと思います。実際に体験することで気づくこともあるはずです。まずはルールを守ることが大切なのではないでしょうか。
  今月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」です。「きまりを守り、集団生活を楽しもう」という意味です。今はルールを覚える時期であると思います。仏教で大切なルールとは「みんなとともにより良く生きる」であり「共生(ともいき)」と言います。社会の中で生きている私たちは何をしても許されるわけではありません。規則や枠があり、その中で考えるからこそ工夫や創造が生まれ、それが楽しみとなっていきます。一定のルールがある集団生活の中で、自主性と自分勝手の違いを私たち大人はしっかりと見極め伝えていかなくてはならないと感じています。
  平日はお酒を飲まないようにするマイルールが、たまにはOKになり、夜お米を食べないマイルールが、ちょくちょく食べるようになりと、より良い(?)ルールへと変貌を遂げています。(2019.5)

お耳澄ますと

2019/08/19
 昔、ネパールの山登りツアーに参加した時のことです。山登りといっても、イモトアヤコさんのような、壮絶な登山ではなく、ハイキングのような比較的穏やかな山登りです。その山登りでは2日ほど山でキャンプをしたのですが、夜空に圧倒されました。周りに光がほとんどない状態での空はまさに満天の星。人工衛星の光も見えるほどで、流れ星も数分に1度は見られます。また、周りに音のするものがない静寂の世界。「こんなに静かだと流れ星の音が聞こえてきそうですよね。」ツアーに参加している他のお客さんが言うように、耳を澄ますと本当に流れ星の音が聞こえてくるのではと思うほどでした。耳を澄ませば澄ますほど、心が穏やかになっていくような気がしたのを今でも思い出します。
 今月の徳目(より良く生きるための基本となるもの)は「合掌(がつしよう)聞法(もんぽう)」「敬う心をもって人の話を聞こう」という意味です。人と向き合うときはもちろんですが、物事と向き合うときにも必要な姿勢ではないでしょうか。耳を傾けようとすることで一度立ち止まることができ、一度立ち止まることで心に余裕が生まれ、ひたむきな態度になれるのだと思います。音に溢れた現代社会において、完全に音のない生活を送ることは難しく、「耳を澄ます」ことをする機会があまり多くありません。だからこそ、耳を澄ます機会を作り、物事とゆっくりと向き合うことで、聞こえたり見えたりするものがあるのかもしれません。
 この文章を作りながら、私自身も耳を澄まそうと試みてみるのですが、最近メディアに登場してきたお笑い芸人の「パンケーキ食べたい」が、何故か頭の中でリピートしてしまう、テレビにまみれた生活をしている私です。(2019.4)

2019/08/19
  お寺の庫裏の屋根から落ちる雪は毎年2m以上の高さまで達し、幅広く積ります。息子たちは「かまくらが作れそうだね」と見るたびに話していたので、先日の休日に重い腰を上げかまくら作りをすることにしました。最初は張り切っていた子どもたち。しかし雪をかきだしてもかきだしても一向に広がらない穴に、次第にげんなり。とうとう次男と長女は掘っている横で尻滑りを始める始末。長男と私でコツコツと掘り進めることになりました。しばらくすると、ようやく1人が入れそうな広さに。すると、「面白くなってきた」と俄然やる気が出てきた長男は黙々と掘り進めました。一方次男たちは、何度も尻滑りしているうちに程よいコースができたため、コースのスタートまで上りやすくするための階段を作り始めました。実際上ってみては高さを調節したり、幅を考えるなど試行錯誤を繰り返していました。そこからはあっという間の2時間。かなり立派な、家族全員入れるかまくらと、階段付きの尻滑りゲレンデができました。
  さて、3月の徳目は「智慧希望(ちえきぼう)」「希望をもち、楽しく暮らそう」という意味です。何事も初めてのものは見通しが持てるまでには時間がかかります。しかし、見通しが持てると「希望」が生まれ、希望が生まれると困難にも立ち向かえるようになり、いずれはその困難すら「楽しく」なるのだと思います。子どもが初めてのものに立ち向かう時、見通しが持てるよう配慮することが私たち大人の役目なのではないでしょうか。進級進学を迎え、新たなステージに立つ子どもたちが見通しを持てるようしっかりサポートしていきたいものです。
 子どもたちの作ったかまくらとゲレンデの大作を写真に撮っておけばよかったと、この文章を書きながら非常に後悔している見通しの甘い私です。(2019.3)

2019/08/10
「節分の夜に、恵方に向かって願い事を思い浮かべながら丸かじり(丸かぶり)し、言葉を発せずに最後まで一気に食べきると願い事がかなう」とされる恵方巻。大阪発祥の風習と言われているようですが、起源には諸説あり、実際のところは不明な点が多く定説は存在しないそうです。ちなみに今年の恵方は東北東、細かくいうと東北東やや東とのことです。全国的にはここ10年ぐらいのうちに節分の風物詩として定着してきました。
  そんな恵方巻の「願い事を思い浮かべながら」「言葉を発せず」という部分から、とあるプロのスポーツ選手のインタビューを思い出しました。「私は、試合のイメージはもちろん、勝った瞬間の喜ぶ自分の姿や表彰式の様子までイメージして大会に臨んでいます。」といった内容です。実際に、未来の自分を具体的にイメージする、特にそのイメージが鮮明なカラーに描けるまで高めるとその姿に近づくことが出来る、という話はよく聞きます。忙しいときや大変なときこそ一度立ち止まり、自分の考えをじっくり整理する、そんな時間をもとうとする心の余裕が欲しいものですね。
  さて、2月の徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく)」、「よく考え、落ち着いた暮らしをしよう」です。近年は、大量の売れ残りを「捨ててしまう」問題がクローズアップされ、ネガティブな話題としても取り上げられている恵方巻。それでも、節分の日には鬼に投げた豆や恵方巻を食べながら、どんなお願い事をしたのかや今年はどんな1年にしたいのかなど、家族でゆっくりイメージを高め合う時間が作られれば、恵方巻の風習は「捨てたもの」ではないですね。(2019.2)

2019/08/10
 お笑いコンビサンドウィッチマンの伊達みきおさんによる「ゼロカロリー理論」。「カステラは潰すととっても小さくなるからゼロカロリー。」から始まり「ドーナツは真ん中が空いているし、形で0を表しているからゼロカロリー。」「カロリーは熱に弱いから唐揚げはゼロカロリー。」など、現実的にはあり得ない話ではありますが、その視点に思わずクスッとしてしまいます。このゼロカロリー理論は話題を呼び、歌にもなるほど盛り上がりを見せました。この理論がこれだけ人気を集めているのは、視点の面白さだけではなく、どこかでそうであって欲しいと願ったり、健康を意識しすぎることに少し息苦しさを感じている部分もあるのではないかと考えます。
  健康に気を付けることはとても大事なことですが、健康に気を使いすぎて何も楽しめず余裕がなくなり、心が不健康になってしまうのは本末転倒です。心も体も健康になるためには、我慢だけではなく、少し気を抜ける場面や失敗を笑い飛ばせるくらいの柔らかさが必要なのかもしれません。
  さて、1月の徳目は「和顔愛語(わげんあいご)」、「柔らかい顔で、優しい言葉を」です。育児においてもこの精神は大切なのではと最近強く感じます。子どもの間違いを正すことは大事ですが、そこばかりに目がいってしまうと口調が厳しくなってしまい、その言葉を受ける側も萎縮してしまいます。時には余裕を持った対応が思いを伝わりやすくし、その結果、受ける側は気持ちを新たにでき、互いに柔らかい気持ちになるのではないでしょうか。
  年末年始は飲食することが楽しみな行事が目白押しで、体重増加が気になるところです。しかし、たくさん飲み食いして柔らかい「まん丸」な顔になったその時、きっと「O」カロリーになるのだと思います(諸説あり)。(2019.1)

2019/08/09
 「子供の科学」という創刊以来90年以上経つ、子ども向けの月刊雑誌があります。小学生の頃、実験などの科学的分野が好きだった私はあまり本を読まない人間であったものの、その本はそこそこ読んでいた記憶があります。最近、私の母が孫にも読ませたいと購入を再開し、私も懐かしさから久々に手に取ってみました。
  本の内容には、パソコンのプログラミング方法など当時の子ども向けには考えもしないような記事も増え、科学の進歩を感じさせます。その中で非常に興味深い実験記事がありました。それは、授業内容をノートに手書きして受けたグループとパソコンに打ち込んで受けたグループが、後にその授業に関するテストを受けると、手書きして受けたグループの方が成績が良いという結果が出たというものです。世の中は科学の力でどんどん便利になっていきますが、不便や苦労が人を成長させることもあります。一見科学の進歩を否定するように見えるこの記事を、科学雑誌があえて載せているということに考えさせられるものがありました。
  12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。「耐える」と考えると、どうしても苦しくて辛いイメージをもってしまいますが、「便利だから楽しいんじゃない。不便さの中にこそ幸せはある(所ジョージ)」のように、本当の面白さは大変の中にこそあると気づけると、「忍辱持久」はもっとポジティブな見方が出来るような気がします。
  実を言うと私、高校に入ってから「mol(モル)」という化学単位の難しさにすぐ挫折して、理科から離れてしまったタイプです。当時パソコンが今くらい便利なら楽に理解できたのに…成長がありません。(2018.12)

2019/08/09
 「最初から苦しむ方向をとったから後は楽になった。最初楽した者はその後苦しむ。」これは、HONDAの創業者、本田宗一郎氏の言葉です。ビジネスの本などによく掲載されており、成功するための鍵と言われています。実際に、最初の頃すぐにはうまくいかず試行錯誤を繰り返している企業ほど、後に長く成功するという調査結果もあるそうです。よくよく考えると確かにその通りで、最初に深く考えもしないで単純に成功しているところの真似をしたり、誰かに頼って努力をしないでいると、自分で考える力や習慣が身につきません。そして、後に何か苦労をしなくてはならないとき、楽から抜け出せず、努力の仕方も分からず、本来の苦労以上の苦労をしてしまうのだと思います。はじめの時期にどんな経験をし、どんな力を身につけ、それをその後どうするのか、そのことを念頭に置いてはじめのうちに努力することが後々の方向性に大きく関わってくるのだと思います。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」です。子育ては長い道のりではありますが、「三つ子の魂百まで」ということわざがある通り、本田宗一郎氏の言葉は子育てにも当てはまることだと思います。この時期にしっかり子どもと向き合う努力が、私たち大人にとって子育ての大きな財産になり、何より子どもたちにとってその後のスムーズな成長に繋がるはずです。そして、園に預けているから、ご家庭に帰したからあとは関係ないではなく、様々な角度から互いに共通理解を図り協力し合いながら子育てしていくことこそが、子どもを更に成長させるものだと信じています。お陰様で、本園では、園と家庭の両輪で子育てが出来ていると強く感じます。これからも相互協力しながら、今後の子育てがより順調に進むよう、今この時期を大事にしていきたいと思います。
  毎回おたよりの文章を書く際に、「きっと何かが降りてきてひらめくはず!」と、結局〆切ギリギリになってしまい、後で苦しむタイプの私です…(2018.11)

2019/08/08
  スペインに「人間の塔」という無形文化遺産があります。カタルーニャ地方で200年以上続く伝統的な行事であり、近年ではメンバーの身長や体重をデータ化し、それぞれ最適なポジション配置を組むところからこの行事は始まります。塔の頂点の子どもは、大人達が絶対に守ってくれると信じ、土台や中段の大人達は、自分たちを信じてくれる子どもたちを絶対に落とさない強い決意をもって、緻密な計算と互いを信じ合う人々の絆によって塔が形成されていく光景は圧巻であり、正に命をかけて皆が真剣に取り組む姿勢は、見る者に様々な想いをもたらします。
  さて、10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。近年日本では、子どもにとって少しでもリスクがあるとすぐに排除することが主流となっています。一方で、過度な排除により子どもたちの「運動能力」や「危険察知能力」が低下し、大きなケガや事故が増えている状況も生まれつつあります。子どもをケガから守ると言うよりも、大人が極力責任を負わないような流れにも見えます。私たち大人は、子どもがケガをしないように何もさせないのではなく、子どもの主体的な活動を通じて、万が一失敗しても最小限のケガで大きな価値が生まれるよう、安全対策のバランスをとることが大事です。「人間の塔」は極端な例ではありますが、リスクに向き合うことも時には容認し、私たち大人が協力し合って見守ることも大切なのではないでしょうか。
  「人間の塔」で、普段どんなテレビ番組を見ているか、気づかれたかも知れません。ついでに同番組で有名なキラキラの話もしようかと思いましたが、様々なリスクを考慮し向き合えませんでした。(2018.10)

2019/08/02
 先日、園舎建て替えのための地鎮式が行われました。一般的には神道形式で行われますが、今回は仏式にて、理事長が導師を務め行いました。ちなみに左の写真はその際に立てた卒塔婆の写真です。
  神道形式は、神様の土地を使用させてもらえるようお願いする意味合いが強い儀式とされています。一方仏式は、様々な人々のお陰様をもって建築の運びとなったご縁を喜び合い、仏様に感謝する意味合いが強い儀式と言われています。報いた恩に改めて感謝する機会とすることが肝要なのだそうです。
 9月の徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」「あらゆることをありがたく感じよう」ということです。地鎮式当日は雨が降り、直前の準備に予想以上労力を要しました。しかし、準備をお手伝い下さった方々が機転を利かせて下に敷くためのプラスチック板を急遽手配して下さったり、突然の予定変更や連絡不足にも迅速に対応して下さったりと、本当に多くの方のお陰で厳かな地鎮式を執り行うことが出来ました。 正に「雨降って地固まる」という言葉がぴったりな経験だったと感じます。このご縁に感謝し、再び襟を正して新園舎完成に向けて進んでいかなくてはと、思いを新たにするきっかけとなりました。
 ここまで読んで、「何か綺麗にまとめているけれど、結局は園長の準備不足だったのでは?」と気づかれた方、それでも気遣ってあえてそこには触れずにいて下さるご配慮、心より感謝申し上げます。(2018.9)

2019/08/02
「自分の機嫌は自分で取る。人に取ってもらおうとしない。」
  お笑い芸人みやぞんが、過酷なロケの最中につぶやいた言葉です。みやぞんとは、運動神経が非常に良いことに加え、いつもニコニコと笑顔を絶やさないため、最近は様々な番組に出演しています。今回のこの番組でも、目的を達成するまでの間様々な災難に見舞われスタッフも疲労困憊の中で、自分を奮い立たせるように「自分の機嫌は自分で取る。」と笑顔を絶やさず前向きな姿勢はとてもカッコ良いものでした。
  明照保育園のお約束「明るく」「正しく」「仲良く」の話をする際、子どもたちには「いつも笑顔でいること」とが「明るく」ということですと伝えいます。先日「明るく」とはどうすることですか?と子どもたちに聞いてみたところ「みんなを笑顔にすることです。」と答えた子がいました。「自分の笑顔で、周りも笑顔にする」ともう一歩踏み込んだ考え方もいいなと、園児の回答をきっかけに考える機会となりました。
  8月の徳目は「自利利他(じりりた)」「出来ることはすすんでしよう」ですが、「自利」という言葉通り、自分にとってのプラスにもならなくてはなりません。自分の機嫌は自分でとり笑顔になる事で、みんなも笑顔にしていく姿は正に「自利利他」の体現であると感じます。「まずは自分から笑顔に…」どんなときでもポジティブな気持ちを心がけていきたいものです。
  今回の文章はどんなテーマにしようか考えている時に、難しい顔してもダメだと思い、ニコニコしながらパソコンに向き合っていたら気持ち悪がられ既にネガティブとです。園長です…園長です…園長です…。(2018.8)

2019/06/21
 「大迫、半端ないって!」先日のサッカーワールドカップ日本対コロンビアの試合前後から何度も目や耳にした言葉です。「大迫」とはサッカー日本代表の大迫勇也選手のことで、彼が高校時代の全国高校サッカー選手権大会準々決勝において、対戦したチームの主将が試合後、大迫選手の凄いプレーに脱帽して発しました。続けて、そのチームの監督が「俺、握手してもらったぞ」「鹿児島城西(大迫選手の母校)を応援しよう」と語ります。当時、この様子が何度も放送され「大迫、半端ないって!」は注目を浴び、今回改めて話題となりました。言葉遣いは違えども、主将も監督もチームの雰囲気を少しでも和ませようとし、これだけ潔く相手を称える姿勢に器の大きさを感じました。また、大迫選手について「誰よりもロッカールームを綺麗に掃除する選手」と当時の取材を基に紹介するアナウンサーの話や、負けたこのチームは2年後、初の全国制覇を成し遂げた事など、思いや行動は巡り巡ってくるのだと考えさせられました。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。「親切」を辞典で調べると「思いやり」という言葉が出てきます。「世話をする」といった、直接的に誰かへ優しさを向けた行動だけでなく、周りの事を考えたり、他人を素直に認め受け入れたりすることもまた思いやりなのだと思います。「布施」とは修業の一つなのですが、周りへの気配りは巡り巡るものであり、自分が周りと繋がっているんだと気づくことが「布施」という修業なのではないでしょうか。
  「半端」な気持ちで流行りに乗ってしまったため、オチのない話になってしまいました。園長△(さんかっけー)とはいきませんね…(2018.7)

2019/06/20
  七戸町出身のマリンバ奏者、新谷祥子さんに何度かお越し頂き、ミニコンサートやワークショップを開催しています。その中で新谷さんからのアドバイスで、段ボール太鼓を製作し、新谷さんのマリンバと園児達の段ボール太鼓で一緒に演奏したことがあります。
  段ボール太鼓とは、様々な端布を貼り付けた段ボール箱を太鼓に見立てるものなのですが、端布の貼り付け方や箱の形状により、見た目も音も様々な表情を見せます。もしかしたら、それぞれ段ボールと端布のままであれば、物としての役目を終えてしまっていたかもしれないところを、まるで新たな命を吹き込まれたような、初々しさや明るさを感じさせます。子どもたちも、普段使う太鼓とはまた違う楽しみ方を見つけ、イキイキと演奏しているのが印象的でした。リメイクすることで使う側の気持ちもまた新たに、そして前向きになる事に気づき、一つの物を長く使うこととまた違う良さを再認識しました。
  今月の徳目は「生命尊重(せいめいそんちょう)」「命を大切にしよう」ということです。日本にはもともと、生き物だけでなく道具などにも命が宿っているという考えがあります。また、「もったいない」という考えも日本独自のものです。「命を大切に」というと、どうしても生き物だけに目がいきがちですが、物を長く使い続けたりリメイクしたりすることもまた「生命尊重」の心を育てる良い機会のような気がします。
  体重をもう少し減らしたいのですが、私の「もったいない精神」の賜で、目の前の食べ物に向き合ってしまう今日この頃です…。(2018.6)

2019/06/19
 【「枠にとらわれたくない、自由でいたい」っていう言葉をカッコイイ意味で使う人がいるけれど、あれ間違っていると思う。みんな社会の中で生きているんだから、なんでもアリってわけじゃないのよ。規則や枠の中で工夫したり創造したりするから楽しいの】タレント所ジョージさんの言葉です。所さんは、肩の力を抜いたいい意味での「いい加減さ」が人気であり、「理想の父親」「理想の上司」ランキングの常連でもあります。一般的にはそれこそ「枠にとらわれない、自由」なイメージが所さんにはあると思います。そんな方の発言だからこそ、深みを感じます。【子どもにも言ってんですけども、何のために片付けるかっつったら、次遊ぶ時に早く遊べるように今片付けろってことなんだよ。散らかってて汚いから片付けろ、じゃなくて、お前らが次遊ぶ時にどこに何があるかが分かりやすいでしょ?そしたら、次遊ぶ時に早く遊べるでしょ?だから片付けなさいって】ルールの見方を少し変えるだけで、よりポジティブに受け取ることができるのだと考えさせられます。
 5月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」です。「きまりを守り、集団生活を楽しもう」という意味です。きまりとは本来、人を抑圧するものではなく、自身の生活を快適にし、周りとの関係を円滑にするものであるはずですが、不自由に感じてしまうこともあります。しかし私たち大人が、枠の中で工夫し創造する面白さや、自分にとってプラスとなる物の見方を子どもたちに示してあげることで、互いに、更に豊かな生活ができるのだと思います。
 人生を楽しむために、まずは机の右側に置きっぱなしにしている文房具やプリント類を、すぐに使えるよう左側に整頓してみようと思います。(2018.5)

2019/06/18
 キティちゃんで有名なサンリオでは毎月「いちご新聞」という月刊誌が発行されているそうです。その中に【いちごの王さまからのメッセージ」というコラムがあり、先日の内容がネットニュースで話題になっていました。【みなさん、キティちゃんのお顔をよく見てみてください。キティちゃんにはお口が描かれていませんね。どうしてなんでしょう?(中略)実はそこには、やさしさや思いやりは口(言葉)で言うだけではなく、態度で示しましょう!というメッセージが込められているのです。困っている人には、相手の気持ちになって自ら進んで手を差し伸べて助けてあげることが必要だと、キティちゃんは私たちにそっと教えてくれているのです。】相手の気持ちに立つためには相手の言葉や心に耳を傾ける必要があることを改めて考えさせられました。
 今月の徳目(より良く生きるための基本となるもの)は「合掌(がつしよう)聞法(もんぽう)」「敬う心をもって人の話を聞こう」という意味です。この考え方は子育てにも通じる様な気がします。大人が先に口を挟んでしまいがちですが、子どもの心に耳を傾けることで、子どもにとって今本当に必要なことが見えてくることもあるのだと思います。我が子に対して今年は少し「お口、ミッフィー」にすることを私の目標にしたいと思います…一昔前の言い回しの上に、別のキャラクターになってしまいました。
(2018.4)

2019/06/14
 中学校2年生の国語の教科書にこんな文章が掲載されています。
  「京都の染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、志村さんがなんとも美しい桜色に染まった着物を見せてくれた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が取り出せるのだ。私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはほんの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。(室岡信、光村図書出版、一部省略)」
  さて、3月の徳目は「智慧希望(ちえきぼう)」「希望をもち、楽しく暮らそう」という意味です。「経験等によって得た知識やそれを踏まえた脳力」といった、頭を使う「知恵」とは違い、「智慧」とは「目に見えるものを踏まえその向こう側に思いを馳せる」といった、心で感じる意味合いが強くあります。人間はどうしても目の前にある見たものだけで判断してしまいがちですが、その奥や裏にあるものへ思いを巡らせることで、また違う感じ方をしたり、新しい発見ができたりします。智慧をもって生活することで、目先のことに一喜一憂せず、希望をもって楽しく暮らせるのではないでしょうか。新年度を迎えるにあたり、改めて心に留めておきたいものです。
  七戸はまだ雪深く、桜を見るまで少し時間がかかりそうですが、「春と言えばやっぱり桜でしょ」という単純な考えでこの題目を選びました。桜と言えば花見、そしてご馳走とお酒…目先のことで希望がいっぱいな私です。(2018.3)

2019/06/13
  「諦(あきら)める」という言葉があります。辞書には「もう希望や見込みがないと思ってやめる。断念する。」と書いてあり、ネガティブで消極的な意味として掲載されています。しかし、本来「諦める」の「諦」という字は、これらのようなマイナスイメージとは全く違う意味が込められていることをご存じでしょうか。
  「諦」の右側「帝」は、元々3本のひもを真ん中でくくった様子の象形文字で、「まとめる」という意味があります。それに言べんが付くことで「言葉でまとめる」つまり「把握したことを集約する」ことから「明らかにする」という意味になりました。それが「全ての道理を理解し、身を委ねる」という意味に変化し、現在では「(どうしようもできないことだから)あきらめる」となったのです。
  さて、2月の徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく)」、「よく考え、落ち着いた暮らしをしよう」です。ここでの「よく考える」とは、起こってしまったことに対し「ああすればよかった、こうすればよかった」と色々考えるのではなく、「どんな状況なのだろうか」とよく観察し現状を理解するいう意味合いが強くあります。自分の思い通りにならない結果に「何でこんなことになるんだ」と苦痛を感じるのではなく、「そんなこともあるものだ」と心穏やかに過ごすことが「禅定静寂」です。もちろん、それまでの過程をいい加減にしたり、最初から諦めても良いということではありません。やれるだけのことはやった上で、結果を受け入れることが大切なのだと思います。
  今回の文章を書き終えた後、もっと簡単な言葉で書けなかったものかと色々手直しをしようと考えましたが、「ああすればよかった、こうすればよかった」と考えては仏教の教えに反してしまうのでこのままでご了承下さい。(2018.2)

2019/06/11
  「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
   言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
   行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
   習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
   性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」
  マザー・テレサの言葉と言われています。このほかにも、「自身の考えによって人生が変わる」といった類の言葉はいくつもあります。つまりこの考えは、いつの時代でも、どんな地域でも、通用する真理であるということを表しているのではないでしょうか。
  この言葉は、「気を付けなさい」というフレーズから「悪い思考を持つな」という戒めとしてのニュアンスでも捉えることができますが、私は「より良い人生を歩むためには前向きで、友好的な思考が不可欠である」という意味で理解しています。
  さて、1月の徳目は「和顔愛語(わげんあいご)」、「柔らかい顔で、優しい言葉を」です。この仏教用語も「笑顔で優しい言葉を遣っていれば、それは後に自分自身にも巡り巡ってくる」という意味も込められており、マザーテレサの言葉に通じています。やはり、自らポジティブな気持ちを周りに向けることが大事であり、結果的に自分自身のためになるのであるということなのだと思います。
  学校が冬休みに入り、満喫しすぎてる息子達の姿と、そんな息子達を「ずるい!」と駄々をこねる保育園児である娘の姿に、ちょっと笑顔を忘れそうになってしまう時季になりましたが、サンタさんからの粋な計らいで、私も一緒に楽しめそうなプレゼントを息子達は届けてもらっていました。年末年始はこれで子どもたちと楽しく過ごそうと思います。(2018.1)

2019/06/08
 TBS系列の放送局で日曜21時スタートのドラマ「陸王」を毎週見ています。老舗の足袋メーカー「こはぜ屋」が近年の業績低迷を挽回するため、これまでの足袋製造の技術力を生かしたランニングシューズを開発し、怪我に苦しんだマラソンランナー「茂木」と共に苦難を乗り越える、という内容です。様々な試練に直面しながら、試行錯誤を続けて邁進する内容は、原作者池井戸潤さんの1つのパターンとなっており、お決まりの結末と言えばそれまでですが、それでも毎回ワクワクしながら見入ってしまいます。
  ドラマでは、こはぜ屋も茂木も、現状を打破しようと粘り強く突き進みますが、どちらにも共通していることは、それまで培ってきたものがある、ということだと思います。こはぜ屋には、足袋製造の技術力とそれを支える仲間たち。茂木には、トップランナーにまで上り詰めたそれまでの努力や、これまでの経験による対応力。どちらも今まで積み重ねてきたものが、ここぞの時に自身を助けているように感じます。根気強く取り組むための「スタミナ(持久力)」は今までの自分自身そのものなのかもしれません。
  さて、12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。現実の世の中でも、うまくいかない中で堪えなければならない時が必ずあります。そんな時にどれだけ辛抱強くいられるかは、それまで培ってきたものや準備してきたものの大きさにも関わってくるのではないでしょうか。普段の積み重ねの重要さを改めて考えさせられます。
  今回の題材は「持久→持久走→マラソン」からヒントを得ましたが、私の体験談が一切出てこないのは、私自身のスタミナの無さを表しているに他なりません。(2017.12)

2019/06/05
「ほぼ日刊イトイ新聞」(通称ほぼ日)という、コピーライターの糸井重里さんが運営しているウェブサイトをご存じでしょうか。そのサイトの中に「今日のダーリン」という、糸井さんが執筆しているエッセイがあるのですが、1998年のサイト開設以来、20年近く1日も休まず更新しています。30分で書き上げる時もあれば、4時間くらいかかる時もあるそうで、言葉の専門家である糸井さんでもさすがに毎日書くのは大変だと感じるようです。
  【「ほぼ日」をはじめたばかりのころは、ほんとに困ってしまいました。(中略)じゃ、どうすればいいのかがわかったのは、何年か過ぎてからだったような気がします。ひとつは、「じぶん」が書くしかないとわかったこと。もうひとつは、「いいこと」なんか書くなよと、じぶんに教えてやれたこと。たいしたことない人間だから、たいしたことないことを書く。それ以上のものに見てもらいたいなら、それ以上の人間になるしかない(2012年10月10日「今日のダーリン」より引用)】
  続ける上で大事なことは、背伸びをせず等身大でいることなのだと糸井さんの経験から気づかされます。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」です。「精進」や「努力」という言葉を聞くと、何となく「一切の妥協を許さず完璧を目指すこと」が前提のような気がしてしまいます。しかし一番大切なことは、例え不完全でも「続けること」なのではないかと感じます。そして「背伸びをせず等身大でいること」とは、子育てにも通じるのではないでしょうか。子育ても毎日完璧に行うことは難しいことです。その代わり、不完全でもその日その日に自分の出来うる範囲で子どもと向き合い「続けること」が大切なのかもしれません。
  等身大どころか人のフンドシで相撲をしているような文章ですが、毎月書き「続けている」ことが重要だと言い聞かせ、これから子どもと向き合う時間のため、今回はこのくらいにしたいと思います。(2017.11)

2019/06/04
 NHK連続テレビ小説「ひよっこ」が今週で最終回を迎えます。この物語は、日本の高度成長期前後を舞台とし、その頃上京したヒロインが、様々な試練を乗り越えながら成長していくというストーリーです。一般的に、ドラマが盛り上がるためには主人公とライバルが切磋琢磨したり、正義と悪が戦ったりと、何かと何かが対立することが必要とされています。しかしこのドラマは、登場人物同士の明らかな対立はなく、優しい人や厳しい人、怠け者やしっかり者など、それぞれのキャラクターが自分の視点で周りを思いやる姿が見られます。そして、それがこのドラマの最大の特徴であると言われています。世の中そんなに甘くないと思いつつ、みんながいい人で互いに助け合うほのぼのした内容が受け入れられる要因は、相手を正すことに重きを置きすぎ、その反動でギスギスし、窮屈を感じる世の中になりつつあるという裏返しで、みんながもっと仲良くなり、自分と周りの幸せを望んでいる表れなのかもしれません。
  さて、10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。助けるとは、何でもやってあげることではもちろんありません。時には厳しさによって相手を引き上げることも必要であると思います。しかし、助ける側が少しでも「相手の幸せ」を願わないと、例え正論でも、それはただの独りよがりになってしまうのだと思います。
  「最近のオチは、園長の失敗談ではないからイマイチ…」とご指摘受けることもありますが、どうぞ優しい視点で今後の成長を見守って頂けたら幸いです。(2017.10)