青森県上北郡七戸町字町7-2
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ブログ

「配慮」

2018/06/12
 最近、洗剤や歯磨き粉などの口腔ケア商品などが、汚れをきれいにする様子をイメージ映像で流すコマーシャルを見ると、実は少し汚れが残っているように表現されています。また、敢えてオーバーに表現することで面白さを追求したコマーシャルには、画面の隅に「CM上の演出です」というテロップが出てくることが多くなりました。これらは、「こんなことはありえない。誇大表広告だ」という苦情対策のために行われているものなのだそうです。しかしながら、考えればわかることであり、せっかくのコマーシャルも面白味が半減してしまいます。一方で、本当に悪意があって嘘や誤魔化しの広告を流し、相手をだまそうとしている場合もあります。そういったものを増やさないために、事実かどうかを厳密に線引きする風潮やきまりがでてきたのもまた事実です。自分たちを守るためである半面、自分たちの生活を味気ないものにもしているように感じます。あら探しをしたり、だまそうとしたりするのではなく、他人への配慮を意識することで、物の見方が変わってくるのではないでしょうか。
  今月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」です。「きまりを守り、集団生活を楽しもう」ということですが、このきまりというのは「決められたルール」という意味でありません。そもそも「戒」とは「よくない事態に備えて気を引き締める」ことであり、「良い方向へ進むようまわりに気を配る」こととも言えます。みんなが気持ちよく生活するためにどんな気配りが必要かを考え、行動することが「戒を持つ」ことに他なりません。互いが相手を思いやるからこそ、大きく逸れることなく互いに譲り合いができ、豊かな人間関係が育まれていくのではないでしょうか。
  子育てにおいては、子どもの成長に伴い自己主張も増えてきます。その主張が和を乱すものになりそうなとき、単に制限を加えるのではなく、思いやりを持つことの大切さを伝えていけるよう心がけていきたいものです。
  家では2014年の流行語並に「ダメ」を連呼してしまう私は、まだまだ「ダメダメ」ですね…(2015.5)

「継続」

2018/06/04
 園で発行している園だより「明照だより」が平成27年4月で500号を迎えました。基本的に月1回発行しているお便りですので、単純計算で41年8ヶ月間発行していることになります。明照保育園は、前身の明照学園時代も含めると90年近く経つのですが、その半分近くの期間、園の様子を保護者の皆様に伝え続けています。時代に合わせ、変わらなくてはならないこともありますが、このように継続することもまた大切であると思います。
 4月の徳目(より良く生きるための基本となるもの)は「合掌(がつしよう)聞法(もんぽう)」「敬う心を持って人の話を聞こう」という意味です。1世紀近く続いてきた明照が培ってきた伝統を敬い、その内容を良く吟味し、今の世の中と照らし合わせながら、そしてなにより子どもたちのことを考えながら「明照らしさ」を続けていければと考えています。
 1000号を迎える41年8ヶ月後、私は75歳となり、とっくに園長を引退しているとは思いますが、いつまでも敬う心をもって人の話を聞けるような人間になりたいものです。
酔うと、同じ話をし続けてしまいますが…(2015.4)

「A君」と「B君」

2018/05/31
 こんなお話があります。「2千円を持っているA君と,1万円を持っているB君がいました。2人で向かったお店には2千円と5千円と1万円の三つの商品があります。A君は2千円の商品しか買えませんでしたが,B君は色々悩んだ末,A君と同じ2千円の商品を買いました。」選べるものが1つしかないため,決めざるを得なかったA君と,3つの中から自分に合ったものを吟味したB君…同じ品物ではありますが,みなさんならA君B君どちらが自分にとって価値のある買い物をしたと考えますか?答えはB君であるとご理解頂けると思います。吟味できる選択肢が多いと,金額的価値が低くても,自分にとって大切なものになるという例え話です。
  選択肢を広げるためには、知識や経験という名の人生の貯金をしていかなくてはなりません。そして、その貯金を上手に使うためには正しいものの見方、考え方、行い方が身についている必要があると考えます。プレイルームに掲示してある保育目標にはこの「正しく」が掲げられており、その基礎を芽生えさせることが本園の保育方針に書かれてあります。
  さて、3月の徳目は「智慧希望(ちえきぼう)」「希望をもち、楽しく暮らそう」という意味です。「智慧」とは仏教用語ですが、どんな環境にあっても全てのものに光を見い出す力のことを言い、全ての人間に宿っているとされています。智慧があるから、どんなときでも周りに惑わされることなく、自分にとって大切なものを正しく見つけだし、何事にも希望をもって取り組めるのだと思います。
  人生において,たくさん貯金をしたいと考えられるようになるために、この「智慧」を早く自覚し、育てていくことが肝要です。本園の仏教保育の理念に基づいた情操教育を通して、子どもたちがこれから自らの意思でたくさん人生の貯金をし,自分の納得する人生を選び,歩んで行けること切に願います。(2015.3)
 

「静」と「動」

2018/05/30
 当園では、月に一度本堂でおつとめをしております。本堂の大きな鐘を3回叩く間、園児達は目を瞑り、手を合わせています。時間にすると90秒ほどではありますが、子どもにとっては長い時間に感じられるかもしれません。それでも、回数を重ねていくうちに、じっとしている時間が長くなっており、子どもたちの成長を感じることができます。
  一方、最近の世の中は、「インターネットをはじめ、今の多くのコミュニケーションツールは、情報を『好きなときに発信して、好きなときに受けとる』ことができる。これはこれで大変に便利な機能だが、一方で、実際の会話のようにリアルタイムで話をし、自分の伝えたいことを伝え、相手の伝えたいことを受け止める、そして誤解があったらそれをキチンと正す、というトレーニングをする機会が減っている。相手との誤解が生じたり、感情的になったりした場合、ネットのときと同じように、コミュニケーションを絶ってしまう。【ダイヤモンド・オンライン 2015年1月21日(水)配信】」と、目まぐるしく変化し、立ち止まって考える機会があまりないように感じます。
  さて、2月の徳目は「禅定静寂(ぜんじょうせいじゃく)」、「よく考え、落ち着いた暮らしをしよう」です。近年上記のように、正確、不正確に関わらず情報が何でも簡単に手に入る世の中になりました。そして、すぐに結果を求めたがる風潮も感じられます。私自身、すぐにネットに頼ったり、自分の子育てにおいても、じっくり向かい合わなくてはならないことであるのに、息子達にすぐ結果を求めている時がある気がします。そんな世の中だからこそ、本堂でのおつとめのような、心静かに過ごす機会を設ける必要があると感じます。年度末に向け、一度じっくり今年1年を振り返ってみたいものです。
  その際は、できるだけアルコールを控えて取り組めるように頑張ることを、前向きに善処したい気もしないでもないです…(2015.2)

「アルバイト」と「運転手」

2018/05/28
 「『しあわせ八変化』 自分が変われば相手が変わる 相手が変われば心が変わる 心が変われば言葉が変わる 言葉が変われば態度が変わる 態度が変われば習慣が変わる 習慣が変われば運が変わる 運が変われば人生が変わる 今幸せな人はそのままでいいんです」
居酒屋のトイレなどにこの言葉が掲げてあることがあります。
 大学生の頃、日雇いで駐車場整理のアルバイトをしました。車が効率よく駐車できるよう一台一台に声を掛け、誘導する仕事です。当日、大まかな仕事内容を確認し、現場へ向かう前に、現場監督からこんなことを言われました。
「声を掛けるとき、表情を柔らかくするのはもちろんだけれども、始めに挨拶をするだけで、なぜか運転手の態度が良くなるぞ。」
挨拶ぐらいで何が変わるのかと思った私は、最初の頃は挨拶をせずに、声を掛けていました。すると、ほとんどの運転手は、面倒くさそうな顔やこちらを睨むような顔をしていました。私もどんどん腹立たしくなり、無意識のうちに顔も引きつっていきました。仕事も中盤に差し掛かり、イライラしながらも仕事にも慣れ、心に余裕ができた頃、仕事前に言われた現場監督の言葉を思い出し、それならばと挨拶も取り入れてみました。すると驚くことに、今までの運転手の態度とは打って変わって、にこやかな表情の運転手が多くなりました。中には「ありがとう」と返してくれる人まで。…そんな思い出を、居酒屋のトイレで「しあわせ八変化」を見つけると思い出します。
  さて、1月の徳目は「和顔愛語(わげんあいご)」、「柔らかい顔で、優しい言葉を」です。忙しいと、どうしても心にゆとりをなくし、態度や言葉が粗くなりがちです。イライラしたときに「自分が変われば相手が変わる」と心で唱えていきたいものです。
  言うは易し行うは難し。感情が出てしまったときは、「あいだみつを」が頭の中に浮かびます。「人間だもの」…まだまだ精進が足りませんね。(2015.1)

「土台」と「建物」

2018/05/25
 「劇的ビフォーアフター」という住宅リフォーム番組をご存じでしょうか?私にとってお気に入りの番組の一つです。特に狭小住宅のリフォームの時は、建築士はいったいどんなアイディアで、狭い空間を、過ごしやすい素敵な空間へと変えるのかとワクワクしながら見ています。そして最後には、いつも素敵な家が完成するのですが、毎回と言っていいほど番組内で話題となることがあります。それは「土台」です。取り上げられる建物の中には、土台がしっかりと造られておらず、補強をせざるをえない状況になっているものもあります。どんなに見た目が素敵な家でも土台がしっかりしていないと長持ちしないのだなと改めて感じます。
 さて、12月の徳目は「忍辱持久(にんにくじきゅう)」、「根気強く取り組もう」です。時に人間も「土台」と「建物」の例えで語られることがあります。明照ではその土台を「心の成長」と「基本的生活習慣の確立」とし、その上に建物である「知識」や「技能」があると考えています。知識技能はその発達が解りやすいものであるのに対し、「心の成長」と「基本的生活習慣の確立」は解りづらく、それ故見過ごされることもあります。しかし、継続的に「知識・技能」を習得するためには、学びたいと思う「心の成長」、学習環境を整えるための「基本的生活習慣の確立」といった土台は、なくてはならないものであると考えます。そして、人間の「土台」の発達は「建物」より根気のいるものです。子どもたちの更なる成長のために、保護者の皆様と共に根気強く取り組んでいけたらと思います。

 土台だけに普段より「かたい」話になりました。(2014.12)

「失敗」と「成功」

2018/05/21
  運動会お疲れ様でした。保護者の皆様のお手伝いもあり無事終えることができました。また、子どもたちにとっても成長のきっかけとなる機会であったと思います。ところで運動会は何をもって「成功」と言えるのでしょうか。どうしても、滞りなく運動会を終えることが「成功」と捉えがちですが、大切なのは、子どもたちにとって成長のきっかけとなる機会であったかどうかだと思います。もちろん、運動会が何事もなく終わることも必要ですが、運動会を通して、頑張ることやあきらめないことの大切さを学ぶ時間にすることを、忘れてはいけないと考えています。そして、学んだことを他でも活かすことができるように続けることが大切です。ご家庭でも、運動会で頑張ったことを次に繋げられるよう、子どもたちに温かい声かけをお願いします。
  さて、11月の徳目は「精進努力(しょうじんどりょく)」、「最後までやり遂げよう」ということです。

「本当に頑張っている人は自分が頑張っている事に気づかない:きむ」「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる:漫画【はじめの一歩】より」「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる:松下幸之助」

努力とは、「やらされてするものでない」「結果だけを求めない」「続ける事が大事」であると上記の名言から読み取れます。つまり、努力によってもたらされる目先の結果が大事なのではなく、自主的な努力の過程や努力し続けることそのものが重要だということだと思います。
  食欲の秋で、最近全く痩せませんが、結果を気にせずとにかく体重を減らす努力はしてみようと思います…(2014.11)

「あなた」と「わたし」

2018/05/19
 当園の運動会では、「バルーン」という丸く大きな布を使った遊戯に取り組んでいます。運動会以外では使う機会がないため、練習当初、子どもたちはこの用具を前にすると、練習する気持ちよりもこの用具への興味が勝ってしまいます。また、この遊戯を取り入れてから年数が浅いこともあり、職員も毎年試行錯誤を繰り返しています。そんな中、演技がうまくいくと、園児職員ともに「おおっ!」と歓声を上げ、新たな意欲に繋がっています。子どもと大人という枠を超え、お互いに力を合わせることで、一つの物を作り上げていく過程を見るのは、とても感動的です。
  さて、10月の徳目は「同時協力(どうじきょうりょく)」、「お互いに助け合おう」ということです。園児同士、または園児と職員、そして親と子や祖父母と子など様々な形での協力の積み重ねが、思い出深い運動会を作り上げていきます。もちろんこの「協力」とは競技内だけのことではなく、事前準備や進行業務、後片付けなど競技外においても必要不可欠であります。毎年、保護者の会の皆様、そして明照おやじの会の「おやじたち」からも運動会の準備や進行のお手伝いを頂いています。運動会に限らず、日々の生活の中において、保護者の皆様と職員とで力を合わせ、子どもたちが明るく元気に過ごすことで、保育園が成り立っているのだなと実感します。
 ここ数年、子育てに関わる国の方針が様々打ち出され、保育施設を取り巻く環境は大きく変化しています。そんな中、子どもたちが更に充実した生活が送れるよう、保護者・職員間での意思疎通、情報交換を密にしていくことが大切であると思います。
  まずは、おやじの会の打ち合わせ兼親睦会でノミニケーションによる疎通を図りますか…。(2014.10)

「おめでとう」と「ありがとう」

2018/05/16
 『ハッピーバースデイ お母さんに「ありがとう。」(モチロンお父さんもありがとう。)あなたが生まれた1/365は、「おめでとう」を、待つよりも「ありがとう。」をおくってほしい。あたなが生きているキセキが、スバラシすぎるから』
  上記の詩は、ナカムラミツルという詩人のものです。私が大学生時代に出会った詩ですが、この詩に出会うまで誕生日は「祝ってもらう日」と捉え、「自分自身から感謝する」といった視点で考えた事がなかったので、ドキッとさせられたことを覚えています。
  本園では、各月の誕生会で「園長先生からのお話」があります。その際に、「自分が生まれた日はどんな日だったか、家族の人に聞いてみましょう。そして、生んでくれたお母さんやお父さん、大事にしてくれるおじいちゃんやおばあちゃん、いつもみんなを見守っていてくれる阿弥陀様にありがとうと言ってみましょう。」と伝えています。
  9月の徳目は「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」、「つつましい心で社会や自然に接する心を育てよう」ということです。感謝を表す「ありがとう」は漢字で「有難う」と書き、元々は「有る事が難しい」つまり「滅多にない、貴重だ」という意味です。自分がこの世に生を受けることは、奇跡のような確率であり、正に「有難い」事です。お子様が生まれた日はどんな日であったか、誕生日の機会にご家族でお話しするのも、素敵なプレゼントになるのではないでしょうか。自分がどれだけ愛されているのかを、感じることが出来ることと思います。そして、ご先祖様からの命のつながりがあって今の自分が存在し、家族や周りにいる人達に支えてもらいながら生きていることに気づいた時に、本当の感謝の心が育っていくと考えます。
  この9月号を書いている私は、思えば誕生月が…。一応ご報告致します。(2014.9)

「自分のため」と「周りのため」

2018/05/15
 『ここに地獄と極楽の食堂があります。テーブルの上にはごちそうがたくさん並び、食事が始められたところです。どちらの食堂も長い柄のスプーンで食べなければなりません。地獄の人たちは我先を争って食べようとしますが、スプーンの長い柄がじゃまをして食べることができません。
 一方、極楽の人たちはというと、長い柄を利用して食べています。スプーンにごちそうをのせると、「さあどうぞ」と向かい側にいる人に差し出します。差し出された向こう側の人は、「どうもありがとう」といってお返しをします。ニコニコと語り合いながら、全ての人がそうやって食べています。』
これは仏教説話の一つです。
  夏になると、りんご組は鼓隊と和太鼓、めろん組はフラッグと踊りの練習をしています。練習を始める頃は自分のことに必死で、ちぐはぐな音や踊りですが、少しずつ周りに合わせることが出来るようになってきます。音や踊りが周りと合うようになると、今度はそれが面白くなってくるのか、練習を今まで以上に取り組むようになり、笑顔が増えてきます。本人達は意識していないと思いますが、自分のことより、まず周りのことを考えることで、結果的に自分にとっても嬉しいことが巡ってくることを体験している瞬間となっています。
  8月の徳目は「自利利他(じりりた)」です。「出来ることはすすんでしよう」ということですが、まず思い浮かぶのは「お手伝い」でしょうか。お手伝いすることで、家庭や保育園での生活は、それぞれが皆のために力を出し合い、心を尽くすことで成り立っていることに気づくことができます。その他にも、仲間同士で一つのものに取り組むことも「自利利他」に気づく良い機会であると考えます。私たちは、鼓隊や和太鼓などを通して仲間を思いやる心を育てたい、そんな想いも込めて取り組んでいます。(2014.8)

「察する文化」と「主張する文化」

2018/05/14
 2014年のサッカーのワールドカップでは、日本は残念ながら予選リーグで敗れてしまいました。私は「にわかファン」とすら言われない程度なので、ニュースで結果を知ることがほとんどなのですが、初戦のコートジボワール戦後、「試合で負けたにも関わらず日本人サポーターは会場のゴミ拾いをした」と、各国から称賛されたというニュースが流れ、とても印象に残りました。
  日本は他国と比べ、自分の意見を上手に主張できないと言われ、最近ではディスカッションやプレゼンテーションなど、意見を発信する事を念頭に置く雰囲気が増えてきました。しかし、私はそのことに少しだけ違和感を覚えます。他国の「主張する文化」に対し、日本は「察する文化」と言われています。相手のことを第一に考え行動することがこの「察する文化」です。そんな文化だからこそ、上記のようなゴミ拾いをするといった発想が生まれるのだと思います。もちろん「主張すること」も大切なことすが、「察すること」「思いやること」をもっと大事にしてからの「主張」であるような気がするのです。
  「こちらは客なんだから」「私にその義務はないから」と自分の立場を一方的に主張したり、思いやりの感じられない言動をしたりする人がテレビなどで取り上げられることがあります。「店員と客」や「担当者と利用者」等の関係の前に「人と人」であることを忘れてはなりません。互いが気持ちよく過ごせるよう、互いが気配りできてこそ、より良い関係が生まれるのではないでしょうか。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」です。「布施」や「奉仕」と書くと何だか仰々しく感じますが「誰にでも親切にしよう」ということです。つまり、「思いやりの心をもつ」ことが重要です。当たり前だと思っている周りとのつながりを、見直す機会を設ける事も必要なのだと思います。
  まだまだ思いやりの一歩にも満たないかもしれませんが、私も食後には自分の使った食器ぐらいは片付けようと思います。(2014.7)

「いただきます」と「ごちそうさま」

2018/05/12
 友人と食事に行くと、よく「お坊さんは肉とか魚とか食べられないんでしょ?」と聞かれます。仏教には「不殺生戒」というきまりがあり、生き物を殺生してはならないということから、多くの方がそう考えているものと思います。しかし、考えてみると肉や魚だけでなく、米や野菜、果物にも命はあります。また、普段歩いているだけでも目に見えない虫を踏んでいたり、病気になれば薬を飲んで細菌を退治しています。つまり、言葉の通りに捉えると私たち人間は生きていくことができません。より良く生きるための戒が、これでは全く意味をなさないことになってしまいます。そう考えると、言葉の奥深くにある真意を考える必要があるのではないか、ということにたどり着きます。
  この「不殺生戒」とは「生き物を殺す殺さない」ということが問題ではなく、「頂いた命のエネルギーをどんなことに使うのか」ということが重要だと考えます。私たちの命は、様々な命のお陰で成り立っています。だからこそ、頂いた命のエネルギーを、自分のためだけでなく周りのために回し向けることが、頂いた命を「活かす」ことに繋がるのではないでしょうか。食事の挨拶「いただきます」と「ごちそうさま」。「いただきます」とは「命をいただきます」という意味があります。また、「ごちそうさま」は漢字で「ご馳走様」と書き、自分のために食材準備に「奔走」してくれた方々への感謝が込められています。「不殺生戒」の本当の意味が、ここから見えてくるような気がします。
  6月の徳目は「生命尊重(せいめいそんちょう)」です。「生き物を大切にしよう」ということですが、周りのお陰で自分がいることに気づくことが、生命尊重の第一歩となると思います。また、生き物だけにとどまらず、物を大切にすることも命を大事にする心を育てることに繋がっていくのではないでしょうか。
  いずれにしても、食べ過ぎ飲み過ぎはいけませんね…(2014.6)

「持戒」と「自戒」

2018/05/11
 ある新聞投稿より…「妻の父が危篤との連絡を受け、高速道を急いだ。『息のあるうちにせめて一目だけでも』と祈りながら車を走らせた。パトカーに止められた。いつもは守るのだが、この時ばかりは20キロオーバー。開き直るつもりはない。罰金は払う。しかし、時間は返して欲しい。僅かの差で間に合わなかった。警察は言った。『どんな事情があろうと違反は違反だ』。確かにその通り。しかし、法とは誰の為にあるのだろう。法とは一体、何なのだろう。」
  上記の投稿に対する投稿…「家族の無念さ、心よりお察し致します。家族の死の悲しみが大きいほど、摘発に対しての怒りも大きいと思います。私の叔母は、青信号で横断歩道を横断中に、病院に急いでいる方の車にはねられ亡くなりました。警察の取り締まりは、スピード違反などで死ななくてよい人が死亡している現実があるからです。家族が交通事故で死亡した場合の悲しみと怒りがどれほどのものか、想像いただけると思います。事故を起こしたら、理由は関係ありません。今回、事故に遭わずに病院に着かれたことに安心すると共に、お父様のご冥福をお祈りいたします。」(朝日新聞2003/1/15・31どちらも一部編集)
  1つ目の投稿者の気持ちが私自身の中にもあっただけに、2つ目の投稿にハッとさせられました。
  5月の徳目は「持戒和合(じかいわごう)」です。「きまりを守り、集団生活を楽しもう」ということですが、子育てをする際、なるだけ問題なく面倒にならないようにと、とにかくきまりを守らせたり、先回りをして子どもの行動に制限を加えてしまうことがあります。しかし大切なことは、みんなと仲よく、より楽しい生活を送るためにはどんなことに気を付けた方がよいのかを、子ども自身が考え、気づき、実行することであると思います。「してはいけないこと」ではなく「より良くするために気をつけた方がよいこと」という視点で、私たち大人が子どもたちの自主性を引き出してあげることが重要なのです。
  自分自身と自身の子育てに対する「自戒」を込めて…。(2014.5)